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報告書 写真集| 感 想 |       
「シカの瞳をとおして森を見る」

参加者:木村亜樹(京都大学)・黒瀧琢磨(法政大学)
       馬場景子(島根大学)・深町直(静岡大学)
講  師:揚妻直樹(北海道大学)・辻野亮(京都大学)

はじめに
 ヤクシカは屋久島と口之永良部島だけに生息するニホンジカの亜種であり、他のニホンジカよりも小型と言われている。屋久島にはもともと天敵はいなかったと考えられている。シカの生態は生息環境によって大分変わってくるようだ。シカの棲みやすい森とは?シカが森に与えるインパクトは?自然林が広く残る西部林道周辺とスギ植林地の多い一湊林道周辺でシカと森の調査を行い、結果を比較した。


目  的
 自然林と植林地帯におけるヤクシカの相対的な密度、植物に対する被食圧を測定し、ヤクシカがそれぞれの森に与える影響を比較する。


調査地
自然林(西部林道周辺:川原・半山)
 西部林道は屋久島の西側、栗生と永田を結ぶ県道77号線のことである。この地域では、50年程前までは川原・半山など炭焼きを営む集落が存在したが、現在では全く人家は無い。周辺は海岸線から稜線まで日本最大級の照葉樹林で覆われ、手付かずの自然が残る貴重な地域であり、世界自然遺産にも登録されている。調査地の標高は約100〜200m。半山から2km北に位置する屋久島灯台での年平均気温は21度、年間降水量は約2600mmで、島内では乾燥した地域といえる。


スギ植林地帯(一湊林道周辺)
 一湊林道は一湊の町から旧県道を登った白川山の集落から永田へと続く道である。白川山の集落を過ぎると砂利道が続き、周辺は広葉樹林の中に20数年程の若いスギの植林地帯が蜂の巣のように多く点在している。スギ植林の面積割合は50〜60%、広葉樹林の割合は40〜50%となっている。調査地の標高は約500〜600m。降水量の詳細なデータは無いが、一般的に山間部の方が多いので、西部林道周辺よりは多いと思われる。

自然林・西部林道周辺の様子 植林地・一湊林道周辺の様子
自然林・西部林道周辺の様子 植林地・一湊林道周辺の様子

調査日程
  • 8/18 開講式・調査についての打ち合わせなど

  • 8/19 自然林:ルートセンサス(1回目)、植生調査・糞粒法(1プロット)

  • 8/20 自然林:ルートセンサス(2回目)、植生調査・糞粒法(3プロット)

  • 8/21 植林地帯:ルートセンサス(1回目)、
            植生調査・糞粒法(植林:1プロット、広葉樹:2プロット)

  • 8/22 自然林:行動域調査・ラジオトラッキング法

  • 8/23 植林地帯:ルートセンサス(2回目)、
            植生調査・糞粒法(植林:1プロット、広葉樹:2プロット)
       夜、宮之浦での公開シンポジウムに参加、その後データ整理

  • 8/24 データ整理・発表会の準備、発表会、閉講式、打ち上げなど

  • 8/25 宿舎の掃除・片付け、解散


方  法
 各調査地においてルートセンサスと糞粒法でシカの密度を推定した。また、森林の状態を調べるために植生調査およびシカによる被食度を求めた。糞粒法と植生調査は、自然林(西部林道:川原)で4ヶ所、スギ植林帯(一湊林道)で6ヶ所(うち4ヶ所が広葉樹林分、2ヶ所がスギ植林地)、合計10ヶ所に調査プロット(コドラート)を設けて行った。コドラートの大きさは5m×5mとし、さらにこれを4分割して、2.5m×2.5mのサブコドラートごとに作業を行った。これらの調査に加えて、ヤクシカの行動範囲を調べるために、発信機が装着された個体を対象に自然林(西部林道:半山)において、ラジオトラッキング法も行った。それぞれの調査内容を以下に記す。


ルートセンサス
 自然林と植林地帯のそれぞれの林道に1.8kmのルートを定め、ルートを歩きながらシカの発見に努めた。シカを発見したら、発見した時間・場所・林道の端からシカまでの距離(目測あるいはレーザー距離計を用いた)・シカのサイズ・性別(オスの場合は角の分岐数)を記録した。また、シカの姿は見えなくても鳴き声が聞こえたら、聞いた場所・声が聞こえてきた方向を記録した。この作業を各調査地で日をかえて2回ずつ行った。
 シカの発見回数から自然林と植林地帯におけるシカの相対的な生息密度を推定した(より正確にシカの密度を求めるにはこの作業をもっと繰り返し行う必要があるが、今回の調査ではだいぶ大まかな推測しかできなかった)。

植林地でのルートセンサスの様子 プロット内で採集したシカの糞
植林地帯でのルートセンサスの様子  プロット内で採集したシカの糞

糞粒法
 各調査地に設置した10ヶ所のコドラート内に落ちているシカの糞粒を集め、その数を求めた。糞粒数から、各調査地におけるシカの相対的な生息密度を推定した。


植生調査
 まずコドラート内に認められた植物種をリストアップした。次に高さ5cm以上150cm未満の植物体については高さを計測し、高さ150cm以上の樹木については胸高周囲長を計測した。高さ150cmで区切ったのは、シカが届く範囲がそれ以下であると考えたためである。各コドラートの植物の種数や個体数は森林の多様性などを測る指標とし、また植物の高さや樹木の周囲長からはそれぞれの森林のもつ植物量を比較するのに用いた。
 さらにそれぞれの植物体につき明らかなシカの食痕の有無を、0:食痕が全くない、1:食痕は探せば見つかる、2:食痕が明らかにみられるの3段階に分けて記録した。食痕の頻度から、シカの被食度を求めた。

植生調査の様子 図・ラジオトラッキングによるシカの位置の推定方法
植生調査の様子  ラジオトラッキングによる
シカの位置の推定方法

ラジオトラッキング法
 西部林道(半山)で、発信機を着けた成メス2頭の半日の行動範囲を調べた。調査はA班(揚妻、黒瀧、木村)が6:00〜12:00、B班(辻野、馬場、深町)が12:00〜18:00に担当した。一時間おきに、数100m離れた二点からシカについた発信機からの電波を八木アンテナで受信し、各地点で電波が送られてくる方向、時間、電波の強さを記録した。記録をもとに一時間ごとのシカの位置を地図に書き込み、シカの行動範囲を推定した(図1)。

結  果
ルートセンサス
 図1は二度のルートセンサス中に目視、あるいは声を聞いた回数の平均を示したものである。自然林では西部林道沿いということで交通量が多いにもかかわらず、目視できたものが多かった。一方、植林地帯は交通量の少ないところではあるが、声のみで目視はできなかった。これには崖が多い地形であったこと、鬱蒼と茂った見通しの悪い森であったことも原因と考えられる。
図2 糞粒数の比較
図1 各調査地で発見したシカ頭数
   (頭数/1.8km/日)             
   川原:自然林、一湊:植林地帯
図2 プロット当たりのシカの糞粒数
   (個/25u)
   川原:自然林、一湊:植林地帯

糞粒法
 図2はそれぞれの調査地(自然林:4コドラートの平均,植林地帯の広葉樹林分4コドラートおよび植林地2コドラートの平均)で見つけられた糞粒数の平均を表している。植林地帯ではほとんどのコドラートで糞が見つけられなかった。一方、川原では300個を越えるコドラートもあり、シカが多く生息していると考えられる。
 本来、糞粒法によってシカの生息密度の求めるには、数えた糞の数を、消失する速度(消失率)等を考慮して補正するほうがよい。糞の消失する主な原因は、風雨、糞虫・土壌生物の分解活動である。しかし、生息地によってシカが食べているものとその量が異なるため、一回あたりや一日あたりの糞の排出量が変化するかもしれない。また、気候条件(雨量、湿度、気温)により糞虫や土壌生物の活動にも違いが出るため、調査地ごとに消失率を求めなければ精度が低い。今回の調査は消失率を求めることはできなかったため、糞粒数の平均からシカの相対的な生息密度を推測した。


ラジオトラッキング法
 ロケーションポイントの外側の点をつないだ図形の面積を行動範囲として面積を算出した(図3)。その結果、シカは行動範囲が狭いとわかる。天敵に襲われることがないからかもしれない。
図3 2頭のメスシカ・さんちゃん(緑点)と、きゅうちゃん(赤点)の位置。黄
   点は調査開始時の位置を示す。12時間でさんちゃんが利用した面積は
   1.5ha、きゅうちゃんは0.6haであった。


胸高断面積
 図4は植生調査時に計測した樹高150cmの木本の胸高周囲長から胸高断面積を計算し調査地ごとに合計したものである。
図4 各プロットの平均胸高面積
図4 各プロットの平均胸高面積
   一湊天然:植林地帯内の広葉樹林分、一湊植林:植林地帯内の植林地
   川原天然:自然林


出現種数
 図5は調査地ごとの出現種数を比較したものである。特徴として次のことが挙げられる。

総種数・・・植林地帯の広葉樹林分で多い。

木本・・・・植林地帯の植林地内で少ない。広葉樹林分は遷移途中なのかも。

草本・・・・違いがないが植林地帯の広葉樹林分は4ヶ所、植林地は2箇所し
      かやっていないことを考えると植林地帯でより多い。

シダ・・・・植林地帯ではシダが多い。
図5 各調査地におけるプロットごとの平均出現種数
図5 各調査地におけるプロットごとの平均出現種数
  一湊天然:植林地帯内の広葉樹林分、一湊植林:植林地帯内の植林地
  川原天然:自然林

採食種数
 シカの採食痕があった植物種数は3ヶ所とも大きな差がなかった。

食痕のあった種類
〇植林地帯・植林地(6種)・・・アリドオシ,ホソバタブ,マンリョウ,ホソバカナワラビ,ヤクカナワラビ,ミヤマノコギリシダ。

〇植林地帯・広葉樹林分(11種)・・アリドオシ,ホソバタブ,マンリョウ,アデク,イヌガシ,サザンカ,タカサゴシダ,ホソバカナワラビ,カツモウイノデ,コバノカナワラビ,イシカグマ。

〇自然林(9種)・・カンコノキ,クロキ,シラタマカズラ,タイミンタチバナ,ハマヒサカキ,バリバリノキ,ヒサカキ,マンリョウ,ホソバカナワラビ。


食痕あり個体数
 植林地帯の広葉樹林分では食べられている個体の割合が他に比べ高かった(図6)。
図6 
図6 各プロットにおいて食痕があった個体数となかった個体数(総和)
   一湊天然:植林地帯内の広葉樹林分、一湊植林:植林地帯内の植林地
   川原天然:自然林

考  察
 糞粒調査とルートセンサスから、自然林のほうがシカの数が多いことがわかった。また、被食状況の調査から、食べられている植物個体数は植林地帯のほうが多い結果になった。これは、造林のための人為的影響によってシカの生育環境が変わるため、シカに対してストレスが加わり、食べられる時に食べておこうという心理を働かせるからではないかと考えられる。その結果として一頭あたりの食事量が増加するのではないだろうか。
 両地域で食性が違っている可能性もある。自然林での研究から、シカの餌は落下した葉・果実・種子・花が約56%、サルが落下させたものが約11%、生葉が約15%、草本・シダが約13%であると言われている。自然林に比べて植林地帯の方が餌に占める落下物の割合が少ないために、その分生葉・草本・シダの割合が高くなっているとも考えられる。これを明らかにするためには、調査地ごとの食性を比較検討していく必要がある。
 植林地帯では植物を枯らさないようにいろいろな樹木から少しずつ食べているからこのような結果が得られたのかもしれない。
 シカの食物の内容は生息している環境によって大きく影響を受けると思われる。そのため、生息環境を比較・評価していくことが重要である。生育している植物の種類や現存量、あるいはサルなどの動物の数やシカとの相互関係を明らかにしていく必要があるのではないだろうか。また、シカの嗜好性や繁殖状況も把握する必要があると思われる。

成果発表の様子
成果発表の様子。左から黒瀧・木村・深町・馬場。

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