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京都大学霊長類研究所 > 年報のページ > 2005年度 > XI 退職にあたって

京都大学霊長類研究所 年報 

Vol.36 2005年度の活動

XI 退職にあたって

森明雄(社会構造分野)

幸島のサルを自然に帰す

私は霊長類研究所で楽しい研究人生をおくれたことを嬉しく思っています.本来のサルの研究からカメルーンでの罠猟の研究や民話の収集まで多様な研究ができたことは本当に幸せでした.いろいろ思いついたことをそのまま研究できるということが社会生態という研究分野の特徴で,他の研究分野では難しかっただろうと思います.

長らく大学院に籍を置いた後1974年に霊長類研究所に採用された.といっても,私の任地は犬山ではなく宮崎県幸島だった.大学院時代から社会構造に興味をもって研究をしていた場所だった.当時のニホンザル社会の研究は餌場の社会学の最後で,順位や群れの分裂といった課題があった.しかし,野猿公園では,餌付けにより個体数が増え,猿害の問題が大きくなり,餌付けの反省期に入っていた.私が,採用される2年前の共同利用研究会で幸島研究者が集められ,河合さん東さんなどが主導され,幸島の餌付けをできる限り止め,研究に必要な最小限度にとどめ,自然に帰そうという提案があった.私が,助手になった時期は,ちょうどそれが実行され始めたときであった.杉山さん,大沢さんが,ポピュレーション動態の研究をニホンザル研究に持ち込まれたことも,餌付けの社会学からの脱皮の方向性を示すものだった.霊山での餌付けの放棄がポピュレーションに与える影響が杉山さんたちの最初の成果となった.幸島では,河合さんが指示して群れの全個体の体重測定が始められていた.それ以前に間さんが行ったニホンザルの体重測定は,社会の変動が個体に心理的圧力を与え,それが体重に現れると考えていたものだった.私は,講義を聴いた程度にしか生態学は知らなかったので,体重測定にあまり興味は持たなかったが,半年も経過したとき体重が採食条件を反映するから,これでポピュレーション動態を分析できると思いつき,体重測定にのめり込むようになった.岩本俊孝君が採食のエネルギー収支の研究をやるのを見ていたのが関心を高めたのだろう.餌付けの抑制は,出産率の低下,幼児死亡率の増大,老齢ザルの死亡と劇的な変化を与えることが数年で明らかになってきた.三戸さんや山口技官,冠地技官から餌抑制は可哀想だという意見も出ていた.私は,「幸島のサルを自然に帰す」という実験をしているんだ,それによって何が起こっているのか確かめるまではやりとげたいと,数年は頑張って継続した.性成熟の遅延したメスが繁殖障害を起こすという問題が明らかになった.個体数を増やさないようにという要請を護りながら,サルの発育障害を克服するという課題が生まれた.1977年6月の体重測定を行った後,「夏の間に積極的に餌をやる」という新しい方針を打ち出した.大豆をやるとその間サルの体調は見る見る良くなったし,交尾期でもない夏に,若いメス達のお尻が赤く大きく腫脹した.これが,性成熟と関わっていたことが後の研究で明らかになった.新方針で問題は解決したと思った.しかし,3年ほど経って成長にともなう体重曲線を見ても,それほど子供の成長は改善しなかった.夏に給餌する餌の年齢による配分の違いを調べた.その結果,1回に大量の餌を撒き与える方法では子供が不利になるような餌の与え方であることを確かめた.夏の給餌は1時間の間を置いて2回に分けて与えるようになった.こうした餌のやり方の改善で,メスの性成熟の失敗は改善されたが,それでも成長曲線が抜本的に改善される分けではなかった.コザルは1年を通じて成長しているわけで,夏の1ヶ月の給餌ではそこまでは改善できなかったのだ.

給餌の抑制による餌条件の悪化はサルの社会構造にも影響を与えた.メスのヒトリザルが出るようになった.島のあちこちで,メスがひとりで行動するのを見るようになった.これが分裂群形成につながった.さらに,1976年5月13日,エゴ,ナシ,シイの3頭のメスが島から脱出した.出たら追い返すというのを繰り返した後,3頭のメスは島には帰らず,対岸の海岸樹林を遊動し始めた.いつも大きな声で鳴くので島のサルが呼び出される危機におちいった.5月25日,私の独断で捕獲し,陸の研究所でしばらくケージに飼っていた.幸島の沖にある鳥島にはサケというオスザルが以前からひとりで渡って住んでいたので,10月8日,そこにエゴとナシの2頭を放すことにした.連れて行く途中で,麻袋のなかでナシが死亡した.サルが麻袋の中で死にやすいという知識が無かったための事故である.エゴを鳥島に放した.シイは研究所に留めて採食実験に使った後,1977年宮崎大学に渡した.島を脱出されないように干潮で陸続きになるときに人を雇ってサルの番をするようになった.1979年6月8日,同じくメスザルのザイが島を抜け出した.島から出たり入ったりを繰り返した後,6月19日に陸でゴミをあさっているところを捕獲した.ザイは陸の小屋で10月18日原因不明で死亡した.さて,他のニホンザルの群れについても,霊山で餌付け放棄後メスの群れからの離脱が起きた.杉山さんは伊谷純一郎先生の社会構造のタイプ分けに疑問を呈する形でこの問題を扱おうとされたが,私は餌不足から生ずる移住の問題として扱われるべきだったと,今では思うようになった.同様に,宮藤さんが幸島の分裂群を研究対象にしたが新群形成のメカニズム論に重点があって,メスの移住の問題としては扱われていない.私は,1990年代に入って餌付群に対するコントロールとしての分裂群の研究を始めた.生態学的素養のない私も採食行動の研究に手を染めた.そこでよく食べている果実が食べ尽くされ,無くなったときに,サルが新しい場所を探索し始めるのを見る機会があった.移住の開始がこんなことから起きるのかと思った.

幸島での仕事の後,古市さんと高崎さんが生息域面積と群れサイズの問題を扱い,高崎さんはそれをさらに一般化した.群れサイズと生息域面積の間には直線関係があるが,常緑広葉樹林帯と落葉樹林帯で異なった直線になるという美しい結果を提示した.さらに,屋久島では,丸橋さんによって,群れのホーム・レンジはテリトリーとしての性格を持つことが示され,群れの盛衰,特に消滅過程が示され.幸島で見つけられた諸相が自然群でも成立していることが分かった.

現在,国の歳出の抑制が行政改革として行われ,大学の法人化とその具体化がどんどん進行している.幸島の技官を一人減らそうという話もある.私は,協議員会で,職員が一人だけしかいない職場は,職場として存続できない.一人だけの職員は精神に異常を来してもおかしくないと主張してきた.もう一つの問題は,個体識別に基づく家系図の問題である.一人の職員が例えば病気になる,転職するなどといった場合が起きれば,個体識別は維持できない.それで,メスを含めて入れ墨することが必要となる.一人だけとなる職員を犬山に引き上げるといった事態を想定すると別の問題が生ずる.「幸島のサルを自然に戻せば良い」という意見がでてくると想定する.幸島で私たちの行って来た研究で明らかになったことは,幸島群は餌付けで餌を補填されて成り立っている.餌付けを止めれば,おそらく高崎さんの示したように20頭程度しか住めない.急激にやれば性成熟の失敗をはじめ,絶滅の可能性だってありうる.20頭に軟着陸させるには,管理をしながら年月をかけて減らしていくしかないだろう.そこには,研究所の責任が残るだろう.とはいっても,幸島は現在程度の個体数でいい研究フィールドとなっており,それは残して欲しい.今の研究フィールドを残しながら,人を引き上げるというようなうまい方法はないように思う.

メスザルの島からの脱出時には即決即断でいくつかのことを行った.必ずしも適法に行われたわけではない.しかし,こうした措置が幸島のサルの群れを維持管理する上で必要だったことは間違いない.国を支配するものには血のにおいがするようになるといわれる.サルの国を管理するのも似たようなものかもしれない.私のやったことに対して,後年Kさんからお前はアウシュビッツ収容所長だとなじられた.

幸島の研究に最初に舟を寄付してくださったのが東大伝染病研究所の先生からだったと聞いたことがある.実験動物としてのニホンザルという考え方は最初から含まれていた.1972年の共同利用研究会の席上川村先生の「ニホンザルの保護について」という文章で,野生のサルを保護するが,餌付けされたニホンザルは別に考え上限を超えて増えた個体を実験動物として提供すると書かれたものが,大変な非難・攻撃の的になっていたのを思い出す.現在のナショナル・バイオリソース・プロジェクトが肯定的に見られているのは隔世の感がある.ニホンザルの保護と管理は切り離せないとは思う.管理する側は人間で,管理されるのはサルである.それは,国家と市民の関係とあまりにも類似しているのではないか.国家は必要な場合には市民の権利も抑制する.つまり,市民を尊重しない場合がある.一方,いかなる場合も市民は尊重されるべきと考える人もいる.管理は市民を尊重しない場合があることを前提に成り立っている.私もサルを管理する側にまわった時に,その1頭1頭のサルを尊重したかと言われれば,そうとはいえない.しかし,いかなる場合も市民は尊重されるべきだという思いも強い.管理する側に立った霊長類研究者が,雑種ニホンザルの根絶やし論に回ったのは必要だったとは思うが,最後までなじめなかった.保護をするという論理には,基本的には「市民の尊重」という思想が必要で,その思想を持つ人たちをシャット・アウトすることは,本当に得策なのかと最後まで思っている.

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このページの問い合わせ先:京都大学霊長類研究所 自己点検評価委員会