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現代日本人の食生活は均質化:小さな地域差
-髪の毛の安定同位体分析から-
日下宗一郎,石丸恵利子,兵藤不二夫,覚張隆史,米田穣,湯本貴和,陀安一郎
概要
 食物の生産や分配がグローバル化するとともに、日本人の食生活はどのくらい均質化したのでしょうか。私たち人間の髪の毛は摂取した食物から合成されるため、髪の毛が形成された時の食べ物の情報を記録しています。私たちは、1305人の現代日本人の髪の毛を対象に安定同位体分析を用いた食性解析を行い、日本人の食性の地域差を調べました。その結果、現代日本人の髪の毛の炭素・窒素安定同位体比の変動はとても小さく、都道府県ごとに比較しても違いがほとんどないことが分かりました。髪の毛の採取と同時に実施した食生活のアンケートと、安定同位体比の結果はよく相関していました。また、髪の毛の同位体比の変動は、アメリカやヨーロッパ諸国の人々と同程度であり、アジアの国々に比べると小さいことが明らかとなりました。この結果は日本人の食生活が均質化していることを示唆しており、これには現代日本において食の西洋化やグローバル化が進んでいることが影響していると考えられます。本研究は、総合地球環境学研究所プロジェクト「日本列島における人間−自然相互関係の歴史的・文化的検討(研究代表者・湯本貴和:2005-2010年度)」の成果になります。
この研究成果は、英国科学誌Natureの姉妹誌「サイエンティフィック・リポーツ(Scientific Reports)」誌(電子版)に2016年9月12日付けにて掲載されました。

1.背景
 ヒトは世界中に拡散し、その地域固有の食文化を発展させてきましたが、食物の生産や分配のグローバル化によって、地球規模に食性パターンが均質化する可能性があります。西洋においては、肉のタンパク質や脂質の摂取量が高く、炭水化物を多量に消費しています。アジア諸国においても都市化やライフスタイルの西洋化とともに、食生活も西洋化する傾向にあります。グローカライゼーションという言葉にみられるように、グローバル化した企業による食品生産が、各地域で生産された家畜・農産物を用いてなされることもあります。国境を越える食のグローバル化は人類の食生態を複雑に変化させつつあります。
 日本においても食物のグローバル化は進みつつあります。海外から輸入した食品は増加し、食物自給率は低下の一歩をたどっています。日本の食生活は戦後に急速に変化し、牛乳や肉、卵などの消費が増え、料理も西洋化していきました。一方で、和食はユネスコ無形文化遺産に登録されるなど、栄養バランスの優れた点からも見直されつつあります。それでは日本の地域ごとに伝統的な食生活が保持されているのでしょうか、それとも似たような食生活をしているのでしょうか。
 そこで私たちの研究チームは、現代の日本人の食生活の均質化を評価するため、髪の毛の炭素・窒素同位体比から明らかとすることを目的としました。食物の流通や消費のグローバル化に伴って均質化していったと考えられる日本人の食性について、都道府県ごとに違いがあるのか否か検証しました。また、性別によって、食性にどのような変動があるのか検討しました。さらに、他国の人々の髪の毛の同位体比と比較することで、現代日本人の食性を特徴づけることとしました。

2.研究手法・成果
 私たちの研究チームは、現代日本人より1305人の髪の毛と、食品のサンプリングを行いました。各都道府県に住む大学・自治体の関係者、そのご家族や友人、また京都大学総合博物館の企画に参加していただいた方などから、数本の髪の毛を約5cmの長さでご提供いただきました。得られた試料は安定同位体分析用の前処理を行ってから、炭素・窒素安定同位体比を測定しました。その結果を食品の同位体比と比較しました。次に、都道府県ごとに同位体比を比較し、地域差があるのか比較しました。また性別や年齢によって同位体比が変化するのか検討しました。最後に、アメリカやヨーロッパ、アジア諸国の髪の毛のデータと日本人のデータを比較し、日本人の食性がどのくらい均質化しているのかを評価しました。
 分析の結果、現代日本人の髪の毛の炭素・窒素安定同位体比は変動が小さいことが分かりました。その個人差は、海産物の摂取量や、コメや野菜など植物の摂取量、またトウモロコシやそれを飼料とするアメリカ牛などの摂取量の違いによって生じていました。髪の毛の採取と同時に実施した食生活のアンケートと、安定同位体比の結果はよく相関しており、髪の毛は食生活を記録する指標であることを確認しました。都道府県ごとに同位体比を比較するとその違いはとても小さいことが分かりました。これは、大きな同位体比の地域差が確認されている縄文時代の食性とは大きく異なる結果でした。また性別で比較すると女性のほうが全体的に植物を摂取する割合が高いことが示唆されました。さらに、1980年代の日本人の食性と比較すると、窒素同位体比が低く、海産物に依存する割合が減少していることが示唆されました。同位体比の変動は、アメリカやヨーロッパと同程度であり、アジアの国々に比べると小さいことが明らかとなりました。

3.波及効果
 本研究の成果から、髪の毛の安定同位体比からみると、現代日本人の食生活がアメリカやヨーロッパと同程度に均質化している可能性が示唆されました。このことは、戦後の西洋化された食事の導入や、近年の食物のグローバル化に関連していると考えられます。各国や地域に残された伝統的な食事をしていると、地産地消によりその土地固有の生態系の同位体比が人の髪の毛に記録されますが、食の流通や消費がグローバル化していくと髪の毛の同位体比も各国や地域において均質化していく可能性があります。本研究の成果により、人の髪の毛は個人の食生活を記録している重要な資料であり、人類の食生態や食の均質性を評価できる手法として人の髪の毛の安定同位体比が有効であることが示されました。


4.今後の予定
 私たちの研究は現代日本人の食性が均質化していることを示しました。それでは、歴史的にいつごろから均質化していったのでしょうか。20世紀の人の髪の毛や骨の資料を入手することができれば、同位体分析により調べることが出来るかもしれません。もっとさかのぼって、縄文時代には北海道や本州、沖縄の人々がそれぞれの地域に特徴的な食生活をしていたことは明らかとなっています。それでは、弥生時代やその後の歴史時代にはどうだったのか、同位体比から日本人の食生活を歴史的に調べることも次の重要な課題です。また、本研究の成果は、私たちの食生活について見直すきっかけを与えてくれます。これから私たちの食生活はどのようにあるべきなのでしょうか。成果を普及する過程で、皆さんとともに考えていきたいと思います。


<用語解説>

安定同位体
同一の原子番号を持ち、質量数が異なる元素のなかで、安定に存在するもの。炭素では12Cと13C、窒素では14Nと15Nを指す。これらの比(安定同位体比)は生物の栄養段階によってわずかに変化するが、精密に測定することで生物どうしの関係を示す重要な指標とすることができる。

炭素安定同位体比(δ13C)
光合成経路の異なるC3植物(全ての木本植物と、イネやコムギなどの草本類)とC4植物(トウモロコシや雑穀などの草本類)で大きく異なる値を示す。それらを摂取する動物も同様の炭素同位体比を示す。例えば、牛では飼料の値を反映しており、アメリカ牛はC4植物の値に近く、オーストラリア牛はC3植物の値に近い。

窒素安定同位体比(δ15N)
生物の栄養段階に伴って値が上昇するため、対象動物がどのそれぞれの食物源にどの程度依存していたかを推定できる。食べ物の値よりもそれを摂取した動物の値は約3.4‰ほど高くなる。


図1:髪の毛を提供していただいた人の居住地の地図



図2:髪の毛試料



図3:日本人の髪の毛の炭素・窒素同位体比と、食品の同位体比。食物と髪の毛の間に生じる同位体比の濃縮係数を補正しているため、髪の毛の値が食品に近いと、その食品をより摂取していると解釈できる。



図4:日本人の髪の毛の同位体比と、他国の同位体比の比較。日本人はアメリカ人やヨーロッパ人の中間的な値を示し、その変動は他国と同様に小さい。


書誌情報

Scientific Reports 6:33122 (DOI: 10.1038/srep33122)
2016/09/14 Primate Research Institute