" 平井啓久|研究メンバー|京都大学霊長類研究所 ゲノム細胞研究研究部門 ゲノム進化分野

ホーム > 研究メンバー > 平井啓久

研究メンバー

平井 啓久

平井  啓久

ゲノムマーカーを用いた霊長類の分子細胞遺伝学および染色体進化

教授/霊長類研究所 所長

平井 啓久 HIRAI, Hirohisa

岡山県出身。医学博士。
〒484-8506 愛知県犬山市官林41-2京都大学霊長類研究所
Tel:0568-63-0528 Fax:0568-63-0085
E-mail:hirai.hirohisa.7w@kyoto-u.ac.jp

最近の主要な研究内容

(1) ゲノム不毛地帯の分化と生物の進化

チンパンジーの核小体形成部位で観察されたゲノム不毛地帯の位置効果で遺伝子発現が抑えられた例。グリーン、遺伝子領域。ブルー、遺伝子発現部位。レッド、遺伝子沈黙部位。ピンク、位置効果の範囲。オレンジ、ゲノム不毛地帯。
(Guillen et al. Chromosome Research, 2004)

チンパンジーの染色体にRCROが侵入したために、
ヒトとチンパンジーの相同染色体で、キアズマ(クロスしているところ)形成が変化した例。

ゲノムとは全染色体の1セットのことである。ヒトの場合、二倍体の46本の染色体をもつので、23本の1セットが1ゲノムである。その23本の染色体に存在するDNAを全て読むのがゲノム配列解析プロジェクトである。DNAの長さにして1~1.5メートルぐらいらしい。その全DNAの概要配列が2001年2月に発表された。しかし、これでヒトの全ての設計図が解読できた訳ではない。ヒトとは何かを解明するためには、今後はその中に潜む遺伝子の詳細を解析しなけらばならないし、配列そのものに関しても、全てが読み取れた訳ではないので、読めない領域の解読とその意味付けが必要となる。その読めない領域とは、遺伝子がないかあっても発現できない領域で、単純な配列が幾重にも繰り返している。いわゆる「がらくたDNA」が集まっているところである。そういった単純配列が続く領域は、今の技術ではクローニングもできないし、シークエンスでも読み取りに失敗するらしい。だから、概要配列のマップ図ではその領域は空白となっている。

DNAレベルでは読めないが、細胞レベルではその領域を検出できる。Sumnerは、水酸化バリウムで染色体をアルカリ処理することで、意味のない領域に相当する構成的に存在するヘテロクロマチンを染め分ける方法を編み出した。構成ヘテロクロマチン部位を略してC-バンドと呼ぶ。C-バンドは遺伝子がない領域ということで、従来染色体研究の対象にあまりならなかった。
私は染色体の研究を始めて以来、継続してその見捨てられたC-バンドをマーカーとして染色体の研究を行ってきた。C-バンドを使い続けた理由は、最初に発見した染色体変異が、C-バンド絡みだったこともあるが、我々の研究から染色体進化に関わる染色体の分化は、C-バンドを介した変異が重要であることが、明らかになったからだ。すなわち、遺伝的には不毛であるが、染色体分化にとっては、重要な機能を持っている。だから、私はその領域を「がらくたDNA」ではなくて、より広い意味を含んだ「ゲノム不毛地帯」と呼んでいる。

最近、ゲノム不毛地帯は染色体進化だけでなく、生物の進化にも重要な機能を持っているのではないかと考えている。 何となれば、非常に相同性の高いゲノムを持ちながら、表現型が随分異なる近縁種の間で、それに付随するかのように「ゲノム不毛地帯」が異なる系統群があるからだ。例えば、ヒトとチンパンジーは、遺伝子の違いは1.23%と見積られ、染色体レベルでは9個(ゲノム不毛地帯の相違を除いて)の変異が認められるに過ぎない。従って、両種間のゲノムレベルの相同性は非常に高い。しかし、表現型は随分異なっている。もちろんこのことには、いろいろな機構が複雑に絡み合っているにちがいない。

最近、我々はチンパンジーの染色体に存在するゲノム不毛地帯の内部を、分子的に解剖した。その結果、その領域がテロメア、次端部サテライトDNA、および内在性レトロウイルス配列等から構成されていることを明らかにした。そのゲノム不毛地帯を、DNAの特性を表す英語名の頭文字からRCROと命名した。RCROの細胞レベルの機能を調べてみると、遺伝子の発現を沈黙させる、遺伝的組み換えを抑制する、の事象に対する位置効果を持っていることが推測された(Hirai et al. Cytogenetic and Genome Research, 2005)。このことが遺伝子発現の修飾に、何らかの関連を持っているのではないかと推測している。

ゲノム不毛地帯がそういった遺伝子発現の後成的な抑止や遺伝的多様性維持の偏向への影響力を持っているとすると、配列レベルで類似性の高いヒトとチンパンジーの間でも、ゲノム不毛地帯による遺伝子の発現や多様性が異なっているに違いない。その相違の500万年の蓄積が現在の両種の相違のひとつの要因になっているように思える(Hirai et al. Cytogenetic and Genome Reearch, 2005)。ゲノム研究者も進化をより明確しるためには、ゲノム不毛地帯の配列を読み解くことや染色体再配列と生物の進化を再検討する必要性を指摘している。 例えば、ヒトとチンパンジーの間には繰り替えし配列の相違の他に、今までは検出できなかった逆位がけっこう多く存在し、その存在が遺伝子の発現、特に病気との関連などにかなり影響を与えいている可能性を示唆している。染色体の変異と遺伝子発現の関連はもっともっと詳しく解析する必要がありそうである。

(2) テナガザル類の生物地理学的研究


ワウワウテナガザル

クロステナガザル

この研究はフィールド調査によって遺伝的試料を収集し、ゲノムレベルで分布特性や行動特性を解析する研究である。これまで調査で訪れた国は、グァテマラ、ベネズエラ、エクアドル、アメリカ合衆国、カナダ、オーストラリア、マレーシア、インドネシア、タイ、エチオピア、ケニア、マダガスカル、イギリスなどである。その中で最近もっとも集中的に研究している対象は東南アジアに生息するテナガザル類である。

テナガザル類は、東南アジアの熱帯雨林に適応した、多様性に富んだ小型類人猿である。高木原生林を本来の生息地とする彼らは、最近の森林伐採によってその生息環境を急激に失いつつある。だから、絶滅危惧種としてCITES(絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約:ワシントン条約)の附属書I(絶滅のおそれのある種)に記載されている。そのため、テナガザル類を保全する試みが色々な地域で始まっている。

生物の保全計画を有効なものにするためには、やみくもに保全対策を実施するのではなく、「進化遺産のまとまり」の単位のような具体的指標に基づいて計画する必要がある。そのためには、生態学的な観察のみならず、集団や個体の遺伝的な背景を正確に捉えることが求められる。すなわち、保全計画には、形態的な種分類と生息地データに加えて、種の多様性や歴史的展開を理解するうえで最も重要な情報となる遺伝学的データが欠かせない。

アジルテナガザルの子供

アジルテナガザルで発見された染色体8、9間に起こった腕間相互転座(WAT8/9)。

スマトラとボルネオにおけるアジルテナガザルの系統生物地理学的関係

最近、我々はアジルテナガザル類に特異な染色体変異(第8・9染色体間全腕転座、WAT8/9)を発見した。現在最も良く使われている分類体系では、アジルテナガザルは、スマトラ島のトバ湖以南とマレー半島の一部に生息する低地アジルテナガザルHylobates agilis unko (UN)、高地アジルテナガザルH. agilis agilis (AG)、およびボルネオ島(インドネシア領カリマンタン州)に生息するH. agilis albibarbis (AL)の3亜種が認められている。さらに、ボルネオ島にはカプアス川とバリト川に挟まれた地域に生息するAL亜種以外に、同じ亜属に属する近縁種のミュ-ラ-テナガザル(H. muelleri: MU)がAL生息域以外の地域に固有に生息している。先行研究の累積データから、我々は、WAT8/9変異はスマトラのアジルテナガザル2亜種(UN/AG)だけに存在するらしいという推測を立てた。もしそれが正しければ、アジルテナガザルの亜種分化を評価する標識のひとつとして重要である。(Hirai et la. 2003)

そこで、その推測を確認すために「アジルテナガザルの亜種分化に関する総合調査」プロジェクトを組織し、アジルテナガザルおよび比較のためにミューラーテナガザルを対象として、2002年、2003年にインドネシアで調査をおこなった。研究内容は染色体、DNA, および形態分類の3視点から、総合的に出自の明確なアジルテナガザルを解析したものである。

その結果、今回収集した個体のうち49個体を調査してみると、推測通りスマトラアジルテガザル(UN/AG)群だけに染色体転座(WAT8/9)が存在し、他のボルネオアジルテナガザル(AL)群とミュ-ラ-テナガザル群には、従来から観察されていた逆位変異だけが多型的に混在していた。同じ個体を使ったDNA解析は、UN/AG群、AL群、MU群の3つがそれぞれ遺伝的に明瞭に区別されることを示し、さらにUN/AG群とAL群の間が遺伝的に最も近く、AL群とMU群、MU群とUN/AG群の間が順次遠くなることを示した。でも、上述したように染色体データはUN/AG群が他群ともっとも異なっていた。

これらのデータから推測できることは、最終氷期に海岸線が低下し(40~120メートル)スンダ列島が陸続きになった時期に、最も長くカリマタ海峡に残っていた草木回廊を通って、MUが最初にスマトラからボルネオに移住し、続いてALが移住した構図が推測できる。そして、海岸線の上昇によってカリマタ海峡ができたことで、スマトラ島とボルネオ島が隔離された後、UN/AG集団にWAT8/9が発生し、瓶首効果による遺伝的浮動でスマトラ島内に急激に固定されつつあるのが現在の状況ではないかと思われる。(Hirai et al. 2005)

今年度もインドネシアとマレーシアでテナガザル類の分子生物地理学的研究を継続する。

最新トピック

(1) マンソン住血吸虫(Schistosoma mansoni)のゲノム解読終了

Nature 460: 352-358, 16 July, 2009
マンソン住血吸虫(Schistosoma mansoni)は、熱帯病である住血吸虫症の病原体であり、その患者は76か国で2億1,000万人にのぼる。 今回我々は、マンソン住血吸虫の363メガベースの核ゲノムを明らかにした。このゲノムは少なくとも11,809個の遺伝子をコードし、 通常とは異なるイントロンのサイズ分布を示す。さらに、高頻度で選択的スプライシングを起こすマイクロエキソン遺伝子の新規ファミリーを有する。 住血吸虫はゲノム配列が最初に決定された扁形動物であり、代表的な冠輪動物であることから、本ゲノム配列は、 左右相称な生体パターンの発生をはじめとする、動物進化の初期現象や組織から臓器への発達についての手がかりとなる。 今回の解析は、新規薬剤標的発見の必要性によって行われた。住血吸虫は脂質代謝が欠損していて宿主に依存していることが明らかになったほか、 膜受容体、イオンチャネル、および300種を超えるプロテアーゼの同定は、生活環および新規標的の生物学的性質についての新たな手がかりをもたらす。 バイオインフォマティクスの手法によって代謝上の要衝が明らかになり、ケモゲノミクスによるスクリーニングでは、 住血吸虫に対して既存の薬剤が効果を示すと思われるタンパク質が特定された。今回得られた情報は、この重要な疾患の治療および根絶のために要求される 、新規の防圧手段の開発研究に貴重な情報源となる。

(2) テナガザル属間雑種の分子細胞遺伝学的解析

Larconの顔写真、C-バンド、染色体彩色解析
(データの一部)

テナガザルの系統的にもっとも遠い属間雑種の固体(Hirai et al. A most distant intergeneric hybrid offspring (Larcon) of lesser apes, Nomascus leucogenys and Hylobates lar. Human Genetics 2007 Online publication) テナガザルは従来4亜属として記載されてきたが、最近(2001~2004年)その関係がチンパンジーとヒトとの間よりも分子遺伝学的に遠いことが明らかになり、そのことから属に格上げすることが提唱された。 現在、テナガザル類はHylobates, Hoolock, Symphalangus, Nomascusの4属から構成されている。 そして、Hylobates(染色体数44)とNomascus(染色体数52)がもっとも遠い系統関係を示している。 飼育条件下で産まれたその属間の雑種(Larconと命名)のゲノム構成を分子細胞遺伝学的に解析した。 この雑種個体の研究はテナガザル類における種分化ならびに属分化の過程につての考え方を示すとともに、その観点はヒト上科全体にも敷衍されるものである。

研究業績

ページトップへ