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これまでの研究の概要


1. 下北半島と屋久島におけるニホンザルの研究
1976年から4年間、下北半島でニホンザルの生態学的研究を行った。この研究で、冬季に食物が得られる植生タイプの面積が、遊動域面積を決める要因になっていることを示したA1。
1980年からは、屋久島のニホンザル野生群の研究に着手した。野生群ではじめて個体追跡による定量的データを収集し、順位が個体の行動に及ぼす影響を分析したA2, 3, 4, 15。
調査対象とした群れでは、敵対的行動が起こる個体間距離よりも十分に大きな距離が採食時に保たれており、敵対的行動の頻度は低かった。また、優位性を誇示する必要性が小さいためか、毛づくろいなどの親和的行動にも優劣に則した方向性は見られず、優位者に対する依存行動によって成立すると考えられる末子優位の原則も見られなかった。
優劣関係が前面に出ない野生群では、オス間の社会関係も大きく異なっていた。群れ内のオス同士は、年間を通じて頻繁に毛づくろいを交わす関係を保ち、交尾季に接近してくる群れ外のオスも、交尾季が終わるとすぐに群れ内のオスと親和的交渉をもつようになった。餌づけ群のメスは、採食時の利益などのために高順位のオスと年間を通じて親密な関係を維持するが、野生群のメスは、交尾季以外はオスとの交渉をあまりもたない。このような違いが、オス間関係のありかたに影響を及ぼしていると考えられた。

2. ボノボの性と生活史の研究
1983年からのボノボの研究では、雌雄それぞれの生活史を明らかにしたA6, 8, 9, 12。
メスについては、種々の行動の頻度、近接個体、社会的交渉の相手個体などを年齢クラス間で比較した。メスは生まれた集団にいる間はあまり性交渉をもたず、ワカモノ期に達すると社会的に孤立してやがて集団を去る。新たな集団に移籍すると、継続的な発情を示して頻繁に交尾をするほか、性器接触行動などを用いて年長のメスとの関係形成を図る。壮年期は安定した社会生活を送るが、高年期にさしかかって自分の息子がワカモノ期に達すると、他のメスと争って高順位につき、息子を高順位につけるために積極的にサポートをした。
一方オスは、母親との緊密な関係を一生維持する。コドモ期から頻繁に性行動をみせるが、ワカモノ期には他のオトナオスから許容されなくなって孤立し、性行動の頻度も下がる。しかしワカモノ期後期には、順位の高い母親をもつオスは高順位につく。このように、若いオスが母親のサポートを受けて高順位につくというのは、壮年期のオスがオス間の力関係で高順位につくチンパンジーとは大きく異なる点である。
 ボノボのメスの発情の長期化という点についても、定量的データに基づく検証を行い、いくつかの新しい視点を開いたA5, 7, 33, 35。まず、野生下で性皮の状態を記録する方法を定めたが、この方法は他の調査地でも用いられるようになった。この研究で、ボノボのメスも常に発情しているわけではなく、通常は排卵日前の約20日間発情すること、チンパンジーのメスとの大きな違いは授乳期間や妊娠期間にも発情する点にあり、そのためボノボのメスの生涯にわたる発情日数は、チンパンジーの6倍近くになることを明らかにした。また、発情の長期化によって同時に発情するメスの数が増え、高順位のオスによるメスの独占が難しくなり、メスが交尾相手を選べる状況が作り出される。その結果、メスの社会的地位があがり、採食上の不利益を受けることなく雌雄混成のパーティに参加することができる。
一方、発情期に限って性交渉を比較すると、ボノボよりもチンパンジーのメスの方がより積極的に交尾に臨み、交尾の頻度も高いことを示したA35, 42, 46。とくにオスの個体数が多く第一位のオスによる交尾の独占が難しい集団では、メスの交尾頻度が極端に高くなるA39, 49。このように、ボノボでは排卵をともなわない時期を含んだ発情の長期化が、チンパンジーでは限られた発情期における過剰な頻度の性行動が見られており、現在は繁殖につながらない性行動の意味をあらためて問い直す研究を進めている。
このほか、社会関係の調節機能をもつ行動だと考えられていた同性個体間の性器接触行動について、交渉の前後の個体間距離やコンテキストの分析を行い、接近時の挨拶、新規の関係形成、敵対的交渉の終結など、具体的な機能を明らかにしたA6, 8, 9。また、チンパンジーとボノボの繁殖パラメータを比較した研究では、ボノボの方が出産間隔が短く、出産間隔の変異の幅が大きいことを見いだしたA35。これらの結果から、厳しい採食環境に生息するチンパンジーでは年長の子の独立にあわせて次の子供を産む必要性が高くなっているのに対し、食物の分布密度が高い熱帯雨林中央部に生息するボノボでは、複数の子供の同時保育が比較的容易なために出産間隔の自由度が高いという仮説を提唱した。

3. 類人猿の社会・生態学的研究
 1995年からは、研究対象を他の地域、他の類人猿にも広げ、生息環境が類人猿の密度や採食行動、社会構造におよぼす影響について研究した。
 ガボンのプチ・ロアンゴでは、チンパンジーとゴリラの生息密度と植生との関係についての研究を行ったA13。まず、電子顕微鏡写真を用いてネストから採取した毛がどの種のものかを判定し、その情報に基づいてネストの形状だけからチンパンジーかゴリラかを判定する簡便法を開発した。またその方法を用いて、植生タイプごとの両種の生息密度をネストセンサスで推定し、類人猿の生息に大きな影響を与えるとされていた地上性草本の有無が、ゴリラの生息密度には影響するものの、チンパンジーにはあまり影響しないことを示した。
ワンバのボノボについては、遊動データとランドサットデータから作った植生図をあわせて分析し、二次林や湿地林を含む複数の植生タイプの組み合わせがボノボの生息を支えていることを示したA17。また2003年からは、果実生産量、遊動ルート、パーティサイズについてのデータを2年以上にわたって継続的に収集し、これらの要素の相互関係を分析したA51, 52。その結果、果実生産量の多い時期には遊動距離やパーティサイズが大きくなるという従来の生態学的モデルはがボノボでも成立することがわかった。しかし、ボノボの生息域ではこれら各要素の変動幅がきわめて小さく、速く移動する大きなパーティに参加するのは不利だとされるメスも、恒常的にパーティに参加できることがわかったA51, 52。この結果は、チンパンジーとボノボのメスの遊動形態や社会行動の違いの理由を解明する重要な手がかりとなった。
 ウガンダのカリンズ森林では、熱帯雨林辺縁部のチンパンジーの生態の研究を行ったA20, 21, 22, 24, 27, 29, 30, 31, 43。まず、従来のネストセンサスによる密度推定法を改良して応用し、植生タイプごとのチンパンジーの密度の季節変化を調べた。さらに各植生の果実生産量の季節変化についても調べ、密度の変化とあわせて分析した。その結果、一次林では果実量の季節変動が激しく少果実期にチンパンジーの密度が低下すること、二次林にあるMusangaの果実が少果実期の退避資源になっていること、遊動域内に異なるタイプの植生が混在することがチンパンジーの高い生息密度を支えていることなどが明らかになった。また、チンパンジーがどのような場所を泊まり場に選ぶのかを調べるため、植生、地形、果実量などが泊まり場の選択に及ぼす影響を多変量解析を用いて分析した。その結果、植生や地形よりも採食場に近いことが泊まり場の重要な選択要因となっており、ネストの分布がチンパンジーの採食場所のよい指標になることがわかったA43。
2004年度からは、果実量のモニタリング調査と個体追跡等による採食行動の直接観察をあわせ、採食戦略の性差と離合集散をともなう遊動形態との関係を研究している。これまでの予備的分析によると、多くの果実を擁する果実樹にはより大きなパーティが訪れてより長時間採食するという一般的予測は成立するものの、果実量は利用頭数や滞在時間の制限要因にはなっていなかった。大きなパーティでは、毛づくろいなどの社会交渉のために採食効率を無視した長時間の滞在が見られる傾向があり、採食効率と社会関係の双方が食物資源の利用形態に影響を及ぼしていることがわかった。
一方、これまでに行われてきた大型類人猿の生態学的研究と、ボノボとチンパンジーの性についての比較研究、最近の化石人類学上の発見を総合し、ヒトと類人猿の社会構造の進化についての考察を進めたA36, 47。この研究では、中期中新世にヒト上科の進化の過程で起こったと考えられる発情性比(オスの数に対する発情メス数の比)の極端な上昇とその結果として起こるオス間の厳しい性的競合が、ヒト上科各種の社会構造のバリエーションを生み出したとする仮説を提出した。

4. 霊長類の保護のための研究と活動
ニホンザルについては、下北半島で保護のための基礎調査と農作物被害の対策に従事したほか、屋久島では、保護政策の基礎データとするべく全島の海岸域をカバーする個体数推定調査を行ったA18。
ボノボについては、ワンバにおける20年間のデータを分析して国際自然保護連合によるボノボの個体数予測の分析を担当したA16, 28。現在は、同連合の大型類人猿部会の委員として、主としてボノボの保護政策の立案に携わっている。ワンバでは、コンゴ民主共和国生態森林研究所と協力してルオー学術保護区を設立し、森林と霊長類の保護活動と、地元住民の生活支援を続けているA19, 40, 41, 44。またチンパンジーについては、カリンズ森林で森林伐採の影響と回復過程についての調査を行う一方、環境教育とエコツーリズムの導入による森林と動物の保護の活動や、密猟のために仕掛けられる罠を除去する活動を行ってきた。
一方、トヨタ財団と環境省の助成をうけて、カリンズ森林やルオー保護区などで住民の生活と森林資源の利用の実態を調べるモニタリング調査を行った。これによって、森林保全のための規制が地域住民の生活に及ぼす影響を定量的に把握し、地域社会と共存できる森林保全のマスタープランづくりを進めている。

5. ボノボの研究成果の集成
 長く続いた内戦のによる中断を経て再開したボノボの研究では、ボノボの生息の現況や、これまでの研究の到達点を整理する必要があった。そのために、1999年と2003年にボノボの保護と研究についての国際ワークショップを開催したほか、2006年の国際霊長類学会で、ボノボの研究と保護についての2つのシンポジウムの組織したF1, 2, 3, 4。また、これらのシンポジウムでの発表にいくつかの論文を加え、ボノボの行動学的研究、生態学的研究、保護に関する研究をまとめた本を出版したD5。