第3回(2002年415日)の授業への質問に対する回答


Q.チンパンジーの遺伝子を1%変えれば一代でヒトになれるのか
A.こういう非現実的な質問はできるだけしないでください。論理的にはそうですが、実際には不可能です。まず全DNA1%もの大量の(これでも1億塩基対くらいあります)DNAを受精卵に組み込む技術がないこと、1%違うことは分かっていますがどの部分が異なっているかはまだ分かっていないためです。


Q.チンパンジーの中で人に近いチンパンジー、ヒトの中でチンパンジーに近い人というのはいるのか
A.いません。ヒトとチンパンジーの遺伝的な差はどの個体でも同じです。


Q.ヒト以外の霊長類に教育はあるのか
A.ありません。類人猿も含め、霊長類の母親は子供に何かを教えるということはまったくしません。ただし、ライオンなど食肉目では、狩りのやり方を教えたりします。


Q.ボノボとチンパンジーではどちらが進んでいるか
A.「進んでいる」というのは、あまりに人間中心的なものの見方なので、注意してください。チンパンジーとヒト、ボノボとヒトの距離は、まったく同じです。チンパンジーのほうがヒトに似ているな、という性質もあれば、ボノボの方が近い性質もあります。


Q.チンパンジーも人間と同じように生活すれば人間とまったく同じような感情を持つようになるのか
A.ならないでしょう。それはやはりチンパンジーとわれわれは別の生き物だからです。しかし、チンパンジーはヒトにもっとも近い生き物ですから、ニホンザルを育てたときよりは、より「ヒトらしく」なるとは思います。


Q.類人猿以外のサルの知能の発達の程度はどのくらいか
A.知能は何で測るかによって非常にちがいます。ヒヒは、同じ群れのほかのヒヒを「だました」という報告から考えて社会的な知能はかなりあるようですし、新世界ザルの一種フサオマキザルはチンパンジー同様、食物を食べるのに道具を使います(堅い種子を木の幹に打ち付けて割ったりします)


Q.サルの感情はヒトからどのように察知できるのか
A.この質問はおそらく、脳のどの部位がどの機能を担っているのか、ということの研究法に対する疑問だと思います。もちろん、サルの感情は観察者にはあいまいにしか分かりません。サルを使った脳の研究は、たとえば顔の写真を見せてどの脳細胞が反応するか、といったような研究です。顔の温度を計ったりして感情を何とか定量的に把握しようとしている人もいますが、やはりたいへんです。


Q.サルに脳を移植したらヒトになるのか、また、人どうしで脳を移植したらどうなるのか
A.こういう非現実的な質問は困りますからしないでください。


Q.植物人間とはどんな状態か
A.脳のうち、臓器や呼吸など、ごく一部を残してのこりの機能を停止してしまった人のことです。


Q.霊長類以外にどんな動物の脳が大きいか
A.イルカやクジラの仲間、イヌやネコなどの食肉目は体重に比較して大きな脳を持っています。カラスはどうか分かりませんが、鳥としては大きいほうかもしれません。これらの動物は、複雑な社会生活を送っていたり、食物を取るのに複雑な情報を処理して判断する、などの必要があります。霊長類でも果実食のサルは葉食のサルよりも脳が大きいという研究があります。そこらじゅうに分布する葉と違い、果実のある場所を探したり記憶するのにはそれなりに大きな脳がいるようです。


Q.脳の何パーセントが実際に使われているのか
A.脳の研究は未知の部分が多く、正確なことはわかっていないと思います。


Q.脳の大きさに個人差はどのくらいあるのか
A.授業で見せたスライドにはヒトの脳は1400ccと書きましたが、実際には個人差がかなりあります。マルクスは2000cc以上あったそうです。もっとも、ヒトの中に限って言えば、脳の大きな人が頭がいいとは言えないようです。だから八頭身の美人にも頭のいい人はたくさんいるでしょう。


Q.ヒトが本能を抑制できるのは大脳新皮質が発達しているからか
A.本能という言葉も何を指しているのかよくわからないので最近は余り使わない言葉です。行動を起こしているのは本能か、学習かという二分は、あまりにも単純化しすぎていています。どんな行動にも遺伝的基盤があると同時に、(少なくとも哺乳類では)どんな行動も環境との相互作用で現れ、変化するものだからです。大脳新皮質というのは環境を認識し、それにうまく合うように行動を決めるところだといえると思います。


Q.チンパンジーの脳に機械をつけて言語をしゃべらすという映画があったが、実際に可能か
A.機械をつけなくても、人と育てられて英語を覚えてしまったボノボがいます。コンピュータ上の記号言語なら、チンパンジーは操る能力があります。もっとも、それらは飼育下で訓練を施した場合の例です。野生のチンパンジーがそういう潜在的には持っているはずの能力をどう使っているのかは、大きななぞです。なお、チンパンジーをはじめ類人猿はのどの部分の形態の違いにより、音声言語を話すことはどれだけ訓練しても不可能です。


Q.チンパンジーとゴリラの脳はどちらが大きいか
A.チンパンジーの脳は420g、ゴリラの脳は465gですが、体重はゴリラのほうが重いので、それを考慮するとチンパンジーのほうがやや体重の影響を除いた脳の大きさはゴリラより大きいと言えます。


Q.調教されたチンパンジーやゴリラの脳は重いのか
A.調教によって重くなることはありません。あれは彼らを「進化」させているのではなく、その潜在的な能力を引き出しているに過ぎません。


Q.食物の質を上げれば脳を大きくできるのか
A.ヒトの食べるものはかなり高質です。それはたとえば稲荷山に行ってサルが(もしいたら)食べるであろう木の実や葉を皆さんで実際に口にしたら分かることです。それはひとつには脳の大きなエネルギーを賄うためでしょう。しかし実際には授業で話した通り、出産のときの負担を考えると、際限なく大きくはならないでしょう。


Q.赤ん坊を産むのに苦労しない頭の小さなサルは、子への愛情が薄いのでしょうか/子への愛情を深くさせるために脳が発達したとは考えられませんか
A.子への愛情は、子供を育て上げるために必要だから進化したので、その逆ではありません。「生むのに苦労した子ほどかわいい」というのは、母親の心情を現しているかもしれませんが、進化的な説明としては本末転倒です。出産に苦労しないサルの母親でも、赤ん坊が保護を必要とする間は、人間の母親と変わらない愛情を注いでいるように私には見えます。子供を産むのに苦労するヒトでとくに愛情が深いわけではないとすると、わが子への愛情を深くさせるために脳が発達したという説明は成り立たないし、そのために死ぬほどの思いをしなければいけないというのは、やはり割に合わないことでしょう。


Q.ヒトはエネルギー効率はよいのか?
A.ヒトは霊長類の中ではゴリラ、オランウータンに次いで体重の重い生物です。その点では、エネルギー効率はいいと言えるでしょう。もっとも、実際には、ヒトは使わなくてもいいような脳を酷使したり、たくさん食べるくせにダイエットだといって運動したりして、実際にはあまりエネルギー効率のいい生き方をしているようには思えません。


Q.小型の動物こそ群れでいたほうが安全なのではないか
A.これは程度問題です。昆虫のような小さな動物が、いくら群れたからといって食べにやってくる鳥を撃退できるわけではないことは、容易に想像できるでしょう。本当に大きくなったら、たとえばゾウくらい大きくなったら、もう群れたり隠れたりしなくても捕食者のことは心配する必要はないでしょう。


Q.葉に栄養がないなら大型の種も昆虫を食べればよい
A.大型の種は低質の食物でやっていけるのですが、そのかわり量をたくさん集めなければいけません。昆虫は森林の中にばらばらに分布していていて、量を集めるのはたいへんです。質も量も兼ね備えた食物がそこらじゅうに存在していると考えるのは、コンビニに行けばなんでも手に入る現代人の幻想です。


Q.小型の動物こそ草食だと思っていた
A.小型=草食、大型=肉食というイメージを持っていた人が多いようです。大きくなければ他の動物を襲えませんから、肉食動物が大きいのは本当です。しかし(これは授業で話すのを忘れましたが)霊長類には肉食をするものが非常に少ないのです。ですからこのことは無視できます。また、「草食動物」という言葉は、果実や種子や葉など、植物のどの場所を食べているのか、あるいは文字通り草を食べているのか、あいまいないので、生態学では普通使いません。


Q.小さいとエネルギー効率が悪いのは、どの動物でも言えることか?
A.そうです。とくに自分の体内で熱を生産する動物(内温動物、または恒温動物)はとくにそうです。


Q.果実も葉も昆虫も食べるサルはいないのか
A.スライドで紹介したのは、それぞれの種の主要な食物で、実際にはたまにしか食べないものを含めればひとつの種がいろいろなものを食べます。ニホンザルはその典型です。ただし、実際に非常に限られたものしか食べないサルも少数ながらいて、マダガスカルにいるHapalemurというサルはBamboo lemurと呼ばれ、竹の葉しか食べません。


Q.サルは肉を食べずにバランスが取れるのか
A.日本人にはあまり想像がつかないかもしれませんが、世界には肉よりも昆虫でタンパク質を取っている人もいます。昆虫も動物ですから肉と同じように量さえ集められれば栄養的には問題ありません。それから、ヒトに葉ばかり食べさせたら死んでしまうでしょうが、サルの中にはウシのように胃が4つくらいに分かれていて、その中に微生物を飼ってその微生物に葉に含まれるセルロースなどの消化の難しい物質を分解させて摂取しているものがいます。


Q.大型、小型のサルの違いは実際にはどのくらいか
A.連続的に変化しているものなのでここの体重できれいに分かれる、という具合には行かないのですが、典型的な夜行性で単独生活の小型の霊長類というのはおおむね体重23kgくらいが上限です。そういういわば「典型的」小型霊調理は、分類群で言うと原猿が大多数です。


Q.生きるのに最も都合のよい大きさはあるか/近い場所に分布している種は互いに似ているか
A.生物というのは神様が理想の生物を作ろうと思って無から作り出したのではなくて、もとある生物から、その環境にあうようにいろいろと形を変えて生まれてきたものです。さらに、同じ場所に住んでいても、その生物によってその環境をどう受け止めるかは千差万別です。ですから、これこそがいちばん都合のよい大きさだ(あるいは生き方だ)というものは、存在しません。おのおのの生物は、おのおの別の環境で、おのおののやり方で、自分にとってもっとも都合のいいやり方を選んでいるのです。


Q.なぜ同じ緯度なのに下北半島のニホンザルは生き残って北京のアカゲザルは絶滅したのか
A.人間活動の影響です。中国は日本に比べ平野が多く、森をどんどん切って畑にしてしまったので、サルの住めるところがごくわずかしか残っていませんでした。最終的には地元の人が狩猟で絶滅させたようです。


Q.サルの特徴は全ての哺乳類に共通しているのか
A.授業で話したのは、霊長類に特に強く見られる特徴です。もちろんヒトは哺乳類の一員でもありますから、他の哺乳類から受け継いだ性質もたくさんあります。たとえば、ヒトの社会は血縁が非常に重要な役割を果たしますが、これは母親が子供を育てるという哺乳類としての性質があったからで、ただ卵を生みっぱなしのトカゲのような動物では血縁を認識して行動することはできないでしょう。


Q.どうやってサルの種類は分かれていったか
A.もともと同じ種だったものも、別々の場所に隔てられてお互いに交流がなければ、たとえ偶然によっても、別々の種に進化していきます。他の動物では同じ場所に住んでいても別の種に分かれていくことがあるようですが、霊長類では基本的には分布が分かれていくことで種が分かれていくといっていいと思います。


Q.生物が進化しないでそのまま残ることはあるのか
A.シーラカンスは、数億年前に実際にいた種とほとんど形態の変化がありませんでした。こういうものを「生きた化石」といいます。シーラカンスのような例は非常にまれですし、そのシーラカンスにしても数億年前の種とまったく一緒の種ではありません。長い間に渡って環境が変化しないことは普通ありえないし、生物は偶然によっても進化していくものですから、よほどのことがない限り、数百万年、数千万年の単位で進化せずに残るということは考えられません。


Q.ダウン症は遺伝子(染色体)の変化で起こるが、あれは進化か
A.進化ではありません。進化は「集団全体の性質が変化すること」で、ダウン症はその人だけに起こったことだからです。


Q.人間も環境が変わったら少数でも生き残り進化するのか
A.そうかもしれませんが、実際には現在の環境の移り変わり(これも人間が引き起こしていることですが)は、生存に有利なものが子供を多く残し…といったような進化の悠長なメカニズムではとてもついて行けないほど急激です。


Q.「霊長類」という名前の由来は何か
A.「万物の霊長」という言葉がありますが、要は、最も優れたものという意味です。英語ではprimates、これはprimaryと語源は同じです。


Q.ヒトの臭覚はなぜ劣るのか
A.脳のような極端な例でなくても、ある部分を発達させるのにはそれなりに負担がかかります。使わなくなればだんだん退化していくのも生物進化の原則といえるかもしれません。霊長類は全体的に視覚への依存を強めたので、臭覚は退化する傾向にあります。


Q.熱帯雨林以外で霊長類は生きられないのか
A.日本のような温帯にもサルはいますし、熱帯でもほとんど砂漠のようなところにもサルはいます。ただし、そういう環境に住めることのできるサルはごく少数で、熱帯雨林に住んでいるサルをそういうところに持ちこんでも死んでしまうでしょう。


Q.熱帯雨林の複雑な立体構造とはどんなことか
A.森林を構成する木が高く、てっぺん(林冠)の部分から地上部まで、立体的にさまざまな環境があるということです。


Q.熱帯雨林の昆虫が全部で3000万種というのはどうやって推定したのか
A.授業ではごく簡単に説明しましたが、詳しく知りたい人は湯本貴和「熱帯雨林」(岩波新書)を読んでください。


Q.チンパンジーでもこれから言葉を話したり火が使えるようになることがありうるか
A.ほとんどないといっていいくらい、可能性は低いでしょう。


Q.霊長類は海の近くを中心に分布しているように見えた
A.そんなことはありません。


Q.新世界・旧世界という言葉は変だ
A.確かにこれは、アメリカ大陸を「発見した」ヨーロッパ中心の言葉で、そこに住む生物の歴史が新しいとか古いとかいうこととはまるきり無関係です。しかし、アジア・アフリカと南北アメリカには生物相に大きな差があって、区別するのに便利なのでこの言葉を使います。


Q.生物は進化するのになぜサルは日本より北にはいないのか
A.進化は万能ではありません。霊長類は霊長類としての性質を持っており、そこからいきなり飛躍するようなことはできません。極端な話、離島に閉じ込められたサルが、その離島が水没の危機にあるときに、いきなり羽を生やして空を飛び、その島から脱出するような進化が起こるでしょうか?
 ニホンザルの分布成立についての具体的な話は、後日講義でします。


Q.果実とはどんなものか
A.一般的な日本語としては木の実のことと思ってもらえればけっこうと思います。サルがバナナが大好きというのは、ニホンザルの尾が長いと思うのと同様、まったくの大間違いのこんこんちきです。日本の森林にバナナが生えてますか?試験でそんなことを書いた人は必ず落とします。


Q.学名はどうやって決めるのか
A.新種を見つけたら、それについての基本的情報を記載した論文を学術雑誌に投稿し、審査を受けて認められれば新種が記載されます。学名は最初にその種を記載した人がラテン語の文法にしたがって好きなように決めます。


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<文責: 半谷吾郎 (hanya<atmark>pri.kyoto-u.ac.jp)>
<問い合わせ先: 半谷吾郎 (hanya<atmark>pri.kyoto-u.ac.jp)>
<最終改変日: 2004年11月24日>