第7回(2002年52日)の授業への質問に対する回答


Q.群れの消滅はサルの増え過ぎを防ぐには大切なことか
A.確かに、群れの消滅は結果的にこの地域のサルの密度を一定に抑える効果があったでしょう。もっとも、すべての動物が増え過ぎを抑えるカニズムを持っているわけではありません。極地近くに住むシカは、爆発的に増加し食物を食い尽くした挙句、大量死することがあります。


Q.群れがどんどん消滅していってあの地域でサルは絶滅しないのか
A.授業でいうのをすっかり忘れましたが、かつての工事場群のいたところには、今は全く別の群れがいます。確かに工事場群由来の群れは全部消滅しましたが、それは他から群れがどんどんやってきたからで、あの地域でサルがいなくなったわけではありません。


Q.群れの消滅は伝染病の流行でも起こるのではないか/G群とH群はどのようにして消滅したのか
A.可能性はあります。授業では詳しく説明しませんでしたが、1999年のG群とH群の消滅は、私は病気の流行によるものだと思っています。それは、消滅がひじょうに急激であったこと、同時多発的にG群とH群以外の群れでも多くのサルがいなくなってしまったからです。


Q.どうして群れが小さくなるとアカンボウが生まれなくなるのか
A.二つの可能性があります。ひとつは小さな群れは群れどうしの出会いのときに大きな群れに追い払われ、十分な食物が食べられないのでアカンボウが生まれないという考え、もうひとつは小さな群れは常に大きな群れからのストレスにさらされていて、妊娠しても流産してしまうという考えです。


Q.一位オスが争いの中で死んだら群れはどうなるか/群れ間で本気の殺し合いはあるか
A.私は群れの間の「競合」とは言いましたが、「争い」とは言っていないはずです。群れどうしの「出会い」は戦争のようなものではなく、優位な群れが劣位な群れを追い払うという程度です。ですからそこでサルが死ぬということは考えられません。オスはたとえ第一位であっても群れの中心であるメスにとっては所詮よそ者ですから、いなくなってもすぐに困ることはありません。第2位のオスが第一位の座を引き継ぐだけのことです。


Q.群れどうしの戦いで勝った群れが負けた群れをそのまま乗っ取ることがあるか
A.大きな群れは小さな群れの遊動域内に徐々に侵入することがあります。非常に小さくなった群れが最終的に消滅するときには、最後に残ったメスがそういうふうにして侵入してきた隣の群れに加入しますが、これを「勝った群れが負けた群れを乗っ取る」と表現するのは現実とはあわないように思います。よその群れに加入するのは、そのメスの自発的な行動だし、新規加入してきたメスがとくに元からいるメスにいじめられるわけではないからです。


Q.サルが戦いで死ぬことはあるか
A.群れ間の出会いは戦いではありませんが、オス同士のメスを巡る争いは、確かにあります。それによって死ぬオスもいるかもしれません。しかし残念ながら、そういう直接の激しい争いの現場を見た研究者はいないので、交尾期にオスが突然いなくなってもそれが争いによって死んだかどうかはわからないのです。


Q.オス同士の戦いは一方が死ななければ決着はつかないのか
A.一方のオスがもう一方に対して劣位であることを認めれば、その2頭は同じ群れの中で共存できます。あるいは、その群れを出ていってしまえば、それ以上争いごとは起きません。そういう意味で、一生同じ群れで付き合わなければならないチンパンジーのオスの関係に比べれば、ニホンザルのオスはまだ気楽なものです。


Q.サルには群れへの忠誠心はあるか
A.ないでしょう。そういう感情はヒトに固有のものだと思います。


Q.群れどうしは争うだけで協力はしないのか
A.しません。


Q.サル社会では年よりはどうなっているか
A.屋久島では、いかにも年寄り、というオスはあまり見かけません。いたとしてもたいていは低い順位です。メスの年寄りはたまに見かけます。自分の子供よりは順位が高いでしょうが、とくに敬われているようには見えません。


Q.第一位のオスが老衰したら誰が群れを引き継ぐか
A.わたしは屋久島ではよぼよぼの第一位のオスを見たことがありません。おそらく、第一位の座を維持するのはたいへんなので、完全に衰えきってしまう前に群れを離れるのでしょう。しかし、宮崎県の幸島というところでは第一位のオスは木に登れないほどよぼよぼになっても、死ぬまで第一位だったそうです。ここは面積が32haしかない孤島で、よそのオスがやってくることもなく、第一位の座を守ることもそれほどたいへんでなかったのかもしれません。


Q.サルの交尾はあんなに短いのか
A.ビデオで見てもらったのは、交尾の一部です。ニホンザルでは、オスがメスに乗っかり、ペニスを挿入して何度か腰を振り、また下りて、ということを何度も繰り返してから、射精します。短い場合は3回くらい挿入しただけで射精することもあるし、長いと1時間かかることもあります。


Q.メスは何の基準でオスを選んでいるのか
A.謎です。ただ、群れに長いこといたオスは嫌われる傾向があるようです。


Q.一位のメスは低順位のオスと交尾するか
A.します。オスの順位はおおむねトコロテン式なので、低順位のオスほど最近群れに入ってきたオスであることが多く、むしろメスにもてるということがしばしばあります。


Q.よそから来たオスを群れのオスは追い払おうとするが、それについてメスはどう思っているのか
A.さあ? 観察者にはサルの感情は分からないので、こういう質問にはお答えできません。ただ、メスも交尾期には群れを抜け出してよそのオスと交尾したりしますから、「そんなにがんばっても無駄よ」とでも思っているのでしょうか?


Q.発情期には観察者も威嚇されるのか
A.オスは交尾期には外見が大きく立派になり、攻撃的ですが、観察者にはあまり関心がありません。発情したメスの方がむしろ見境がなく、観察者に向かって求愛してくるメスがいます。私は経験していませんが、観察者の足にしがみついてはなれず、観察者を毛づくろいしたりするそうです。


Q.サルは秋にしか発情しないのか/ヒトに発情期はないのか
A.ニホンザルでは、ホルモン剤を投与して人工的に発情をコントロールしたりしない限り、10月から11月ごろをピークとして、せいぜい8月から3月ごろしか発情しません。ヒトには発情期はありません。


Q.サルのメスが発情して顔が赤くなるのはヒトと同じことか
A.この質問をしたのは男性でしたが、ヒトの女性はどんなときに顔が赤くなるというのでしょう?サルのメスが発情して赤くなるのは、ホルモンの関係で皮膚の近くに血液がたくさん流れるからです。


Q.すべてのオスがいなくなったらメスはどうするのか
A.病気で死んでしまったりしない限り、自発的にすべてのオスが群れを出て行くことはないでしょう。自分1頭しかオスがいなければ、その群れのメスを独占できるからです。もし仮に全部のオスが病気で死んでしまっても、群れの中心はメスですから、他のオスが入ってくるまで、メスたちだけでふつうに生活するでしょう。


Q.カイはあの後どうなったか
A.カイが消失する前後に、メスやコドモが6頭群れからいなくなりました。メスやコドモがよその群れに加入することはひじょうにまれであること、オスの群れの移籍はほとんど交尾期に集中していることから、これらのサルが撮影終了後1月後に消失したということは、死んだ可能性が極めて高いでしょう。


Q.カイのような権力も信頼も集めたオスはボスではないのか
A.授業で「ボスザル」はいない、といったのは、「ボス」という言葉にふつう込められている群れを統率しているだとか、群れのために自己犠牲的に振舞うだとか、群れの中で絶対的な権力を振るっているだとかいう一般に流布しているイメージは間違っているということを言いたかったからです。もちろん「ボス」とは単に第1位のオスのこととする、と再定義しなおすことは可能ですが、いったんいろいろなイメージが染み付いてしまった言葉を別の意味で使うことは、誤解のもとでしょう。
 カイは権力や信頼を集めていたでしょうか?彼には群れの中心であるメスを思うがままにする権力はなく、メスがカイのことを信頼しているかあのビデオでは分かりません。


Q.サルが他のサルと協力して敵を追い払おうと考えたりするだろうか
A.ビデオでは確かにカイが低順位のオスといっしょにダイゴを攻撃しました。しかしこれは協力でしょうか?低順位のオスは単にカイの尻馬に乗っていただけかもしれません。言語を使った相談なしでも、協力しているように見えることはあるものです。


Q.別の群れに行ったオスが戻ってくることはあるか。そのとき順位はどうなるか
A.1週間程度くらいの短期間であれば、もとの順位に戻ります。一月や二月留守にしていると微妙です。私の調査していた屋久島H群では、1997年秋、第5位のときに群れを離脱したムツというオスが、19989月にH群第一位のオスを負かし、いったん群れを乗っ取りました。しかしムツはその後群れにいつかず、群れは10月には別のオスに乗っ取られました。12月にムツはもう一度H群を訪れ、今度は最下位で加入しました。こういうめまぐるしいオスもいます。残念ながらH群は1999年冬の大量死で消滅してしまったのでその後のオス間の関係を詳しく調査することはできませんでした。


Q.なぜ研究者は1頭のオスの生涯をずっと追わないのか
A.むちゃなことを言わないでください。研究者にも日常生活がありますから1365日朝から晩までサルを追いつづけることなどできません。サルに電波発信機をつけて追跡することもできますが、現在のところ電波発信機の電池の寿命は23年といったところです。


Q.オスが他の群れに入るときは必ず争いが起こるのか
A.最下位で加入するときは別に何事も起こりません。乗っ取りよりも、そういう加入のしかたのほうが事例としては多数派です。


Q.追い払われたオスザルはどうするのか
A.新たな群れの乗っ取りを狙うか、別の群れにすんなり最下位ではいるか、いろいろでしょう。


Q.一位の座を追われたオスはどうするのか
A.そのまま第2位として群れに残ります。群れを乗っ取った第1位のオスはだんだん他のオスとも付き合うようになりますが、もと第一位の第二位のオスとは、最後まで疎遠のままのようです。


Q.オスはどんなときに群れを出るか
A.謎です。長く群れにいるとメスが交尾させてくれなくなるので、それを潮に出て行くのだという考えがあります。


Q.一位のオスが他の群れに入ることはあるか
A.あるでしょう。5つしか群れのない金華山では、むかしの第1位のオスがいくつかの群れを渡り歩いて数年後に最下位で再びもとの群れに加入したことがあります。


Q.オスが一生を生まれた群れで過ごすことはないのか
A.ひじょうに例外的に、餌付け群で優位なメスの息子がそのまま群れに残り、高順位になることがあります。これは人工的な餌の魅力が群れを出るという欲求?に勝ったのでしょう。野生群ではそういう例はまったくありません。


Q.順位が逆転したことをどう見極めるのか/会話もないのにどうやってサルどうしで順位が分かるのか
A.劣位個体は優位個体に対しヒトの泣き面のような歯ぐきを見せる表情(グリムス)をするので、それで判断します。


Q.オスのサルの順位はいつ決まるのか
A.ビデオにもあったように、群れを乗っ取るときはかなり長い期間、どちらが優位か劣位か分からない期間があります。最下位で入る場合は、最初から劣位の表情をしているので、すぐ決まるようです。


Q.どういう木揺すりが効果的なのか
A.「ガガガ」という声を出して木を揺するのは、第1位のオスだけです。ですからよそから来たオスが声を出して木を揺するのは、群れを乗っ取るぞという挑戦の意味になります。


Q.多くのサルは一位になれないのに不満はないのか/何才から一位になれるのか
A.サルの感情についての質問にはお答えできません。ただ、屋久島のオスについては、第一位になる可能性のある壮齢のオスの数は、実際の第1位のオスの数の2.5倍程度でしかないという推定があります。「壮齢」期間というのは10歳から20歳くらいまでです。オスがひとつの群れに滞在する期間は45年といったところですから、結局ほとんどのオスは壮齢になるまで生き延びれば一度くらいは第一位になれるという計算になります。メスの場合は生まれたときに順位が決まっていますが、低順位であることが本当に不利であるならば分裂して群れを出て行く。低順位であっても群れに残る方に利益があるならば残る。そういうものだと思います。発展や進歩、上昇志向が善であるというのは現代人の思い込みです。


Q.順位の入れ替わりはありえないのか
A.まれにはあります。


Q.毛づくろいのパターンからはオスのほうがメスより社会的に見えた
A.確かに、パートナーの数からはそう言うことになります。ただし、オスは広く薄く、メスは血縁を中心に濃く付き合っているのであって、毛づくろいにかける時間の長さは変わりません。


Q.メスがボスになれないのはなぜか
A.ボスという言葉が何を意味するかによりますが、実際の社会交渉の場面でメスのほうがほとんどのオスより劣位なのは、やはりオスのほうが体が大きいからでしょう。


Q.分裂したらもとの群れの遊動域はどう引き継がれるか
A.屋久島のように群れが隙間なく分布しているところでは、もとの遊動域を分割する形で引き継がれます。群れの分布に隙間があるときは、分裂群のどちらか一方が空いている場所に移動することがあります。そのとき優位な群れの方がよりよい場所を占有するようです。


Q.ひとつの群れにその年にアカンボウが生まれないことはあるか
A.もちろんです。消滅したT群は消滅前3年間はまったくアカンボウが生まれませんでした。


Q.ビデオでサルが食べているところがたくさん出てきたが、サルは胃袋が大きいのか
A.たしかに普段のサルの生活は食べること、食べるために移動すること、その合間の休息の繰り返しです。屋久島のサルでは日中の20-30%くらいの時間を採食に費やします。北日本のサルでは冬には70%に及ぶこともあります。だからと言って胃袋が大きいわけではありません。サルの食物はヒトが食べるもののように大きくもなければ、処理するのにも時間がかかるからです。ニホンザルは一日に乾燥重量で最大300gまでしか採食できないといわれています。


Q.カイの歯が黒ずんでいたが、あれば虫歯か
A.確かにサルの歯は黒ずんでいます。なぜでしょう?歯の専門家に聞いてみますが、虫歯ではないでしょう。野生のサルが虫歯になれば、まず死ぬでしょう。


Q.カイは中指が長かったが、なぜか
A.すばらしい観察眼です。あれはおそらく骨折がうまく直らず、指が伸びたままになっていたのだと思います。


Q.サルはどのくらいの骨折なら治るのか
A.私の知り合いがまさに骨折の研究をしていて、現在問い合わせ中です。次回お答えします。


Q.冬を乗り切るといっても屋久島の寒さはそれほど厳しくないのではないか
A.屋久島には屋久島の寒さがあります。冬を屋久島で過ごすと屋久島が南国だとはとても言えません。これは冬の屋久島を訪れていただいて実感してもらうしかないでしょう。地図を開いてもらえば分かるのですが、屋久島は鹿児島の南から台湾まで広がるたくさんの島のうち、もっとも鹿児島に近いところにあるのです。大阪と鹿児島の距離は、ほとんど屋久島と沖縄の距離に相当します。日本は広い国です。


Q.サルは死ぬときはどうするのか
A.弱ってくると他のサルや捕食者にやられないよう、物陰に隠れたりすることが多いようです。そのため、サルの死体はほとんど見つかりません。


Q.サルは飢えたら狩りや共食いもするのか
A.しません。270頭のうち90頭ものサルが死んでしまった1983年の金華山での大量死のときも、そのようなことは起こりませんでした。


Q.屋久島で人とサルが共存していく対策は何か
A.現在屋久島で行われているサルによる農作物被害の対策は、有害駆除と電気柵です。毎年屋久島だけで500頭くらいのサルが有害駆除により殺されています。電気柵で畑を囲むと、確かにサルは入れなくなるのですが、電気柵は高齢化した屋久島の農家には管理がたいへんです。


Q.ヤクシマザルは絶滅する可能性は高いか
A.屋久島にはおそらく1万頭ほどのサルがいると推定されます。駆除頭数が500頭というのは、増えた分を取っているのか、それともサルは減っているのか、微妙なところです。少なくとも今すぐ屋久島のサルが絶滅する可能性はないでしょう。


Q.先生はサルを飼っているのか
A.私は野生ニホンザルの研究者なので、サルを飼育したこともないし、したいと思ったことはありません。


Q.「仲間」という表現は専門家の間でも使うか
A.くだけた場では使いますが、論文や学会発表では使いません。わたしがサルのことを思わず「この人」といってしまうのと同じです。


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<文責: 半谷吾郎 (hanya<atmark>pri.kyoto-u.ac.jp)>
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<最終改変日: 2004年11月24日>