第8回(2002年59日)の授業への質問に対する回答


Q.チンパンジーが種の保存のために戦争をするなら、ヒトの殺人や戦争もある程度正当化されるのだろうか
A.この質問をした人は生物進化の仕組みについての第2回の授業に出ていなかったようです。この人は二つの重大な誤解をしています。第一に、ヒトを含め、すべての生物は種の保存のことなど考えていません。かれらは自分の遺伝子をできるだけたくさん次世代に残すように振舞っているのであって、そのためには同種の他個体を殺してしまうこともあるでしょう。また、生物学的に「こういう行動が広まりやすい」ということと、「そうしなければならない」という倫理は、まったく別のことです。この二つはすでに説明したことですが、この授業の受講生でこういうことを思っている人がいるとしたら講義を何も理解していないと判断せざるを得ないほど重大な誤解ですので、あえて指摘しておきます。


Q.異なる集団のチンパンジーはなぜ戦争をするのか
A.チンパンジーのオスの連合というのは、自分たちの縄張りの中にいるメスを囲い込むためのものだと考えられます。ですから、究極的にはメスをめぐる争いのためでしょう。しかし、殺す方も命を落とす危険があるわけですから、集団どうし常に殺し合いをしているわけではありません。数が増えすぎた、というような、衝突の激しくなるような状況のもとではじめて起こることです。


Q.団間の戦いは集団と集団か、一対一か
A.別の集団のオスをリンチしたのは、常にリンチされるオスがたまたま1頭でいるところを、何頭かでつれだってパトロールしていた別の集団のオスが見つけた場合に限ります。相手も複数いる場合は、お互い相手を避けます。


Q.集団どうしが仲がよいということはないのか
A.チンパンジーではないようです。


Q.オスがメスを殺すことはあるか
A.ありませんが、暴力を振るうことはあるようです。


Q.殺し合いに道具を使うか
A.観察されたリンチの例では、集団で叩いたり蹴ったり噛みついたりしたが、道具は使わなかったそうです。喧嘩のときに棒を振り回していたチンパンジーがいましたが、あれが当たることはあまりなくて、そういうことをするチンパンジーはごくわずかだそうです。


Q.なぜオスのチンパンジーは第一位を目指すのか/ニホンザルとチンパンジーの第1位のオスの違いはなにか
A.第1位のチンパンジーは、他のオスに比べて圧倒的にたくさん交尾をすることができます。おそらく子供もたくさん残しているでしょう。できるだけたくさんの子供を残すためには、チンパンジーのオスでは順位を上げるのがもっとも効果的なやり方なのでしょう。ニホンザルのオスでは第一位であるからといってチンパンジーの第一位ほどにはいい目を見られるわけではありません。それゆえにオス同士の争いもチンパンジーほど熾烈にはならないのでしょう。非常に大胆な言い方をすれば、ニホンザルの第1位のオスは母系集団の雇われガードマン、チンパンジーの第1位のオスは集団の絶対者とでも呼べるでしょうか。


Q.小さいオスが第一位になることはないのか
A.マハレ山塊国立公園Mグループの第1位のオスはみな巨漢でしたが、ゴンベでは体格の小さなオスが第一位になった例があるそうです。体格だけでなく、政治的駆け引き、ディスプレイをうまくやる能力が重要だということでしょう。


Q.ントロギはなぜリンチされたか
A.ビデオにも出てきた、死にかけのントロギを見つけた女性の研究者に話を聞いたところ、彼女はリンチされたかどうかについてさえかなり慎重でした(研究者は推測でものを言ってはいけないので、これはしかたありません)。ただ、私が部外者として想像するに、ントロギのような政治力のあるオスを二度と復活させないためには、殺してしまうしか思いつかなかったのかもしれません。


Q.常に殺し合いをしていたら集団は小さくなるばかりでよいことなどないのではないか
A.その通りです。同じ集団に属するオス同士というのは、互いにライバルではあるが、別の集団に対しては同盟者ですから、対立しつつも、うまく付き合っていた方がお互いのためになります。集団の中での殺し合いは非常にまれな出来事で、ントロギの例のほかに、もうひとつ知られているだけです。


Q.ントロギはなぜ1位から一気に8位に落ちたのか、どうしてそれがわかるのか
A.他のオスが連合を組んでントロギを蹴落としたからです。ントロギがそれら7頭のオスに対して劣位を示すしぐさ(歯茎を見せる=グリマスや、挨拶)をしたことで判断したのだと思います。


Q.オスは何位までいるのか
A.ントロギ失脚前後は、だいたい10頭くらいのオトナオスがいました。それらすべてのあいだに、順位序列があります。


Q.メスが権力争いに加入することはあるか
A.ごくまれですがあります。Mグループではカルンデが若いオスに挑戦されたときにメスがカルンデを助けて若いオスを攻撃したそうです。


Q.一位のオスと二位のオスが仲のよいことはあるか
A.あるかもしれませんが、分かりません。


Q.追い出されたオスは他の集団に加入できるのか
A.チンパンジーはできません。無理に入ろうとしたら殺されてしまうでしょう。


Q.親子間の順位争いはあるか
A.チンパンジーでは父親は誰かわからないので、親といえば母親です。それに娘は成長すると群れを出ていってしまうので、息子と母親だけに話を限ると、息子が成長して他のすべてのメスに対して優位になっても、母親に対しては優位を示すような行動はしないそうです。


Q.集団のメンバーがいつもいっしょにいるわけではないということは他のメンバーもすぐに受け入れるということか
A.すぐにではありません。しばらく顔を見なかったチンパンジー同士が一緒になると、必ず挨拶をします。しなければ優位なほうが劣位なほうに攻撃を仕掛けます。もっともこれも同じ集団のメンバーが出会ったときのことで、別の集団どうしがであったときには、授業でお話した通り、穏やかなことではすみません。


Q.挨拶にはどんな種類があるか
A.あえぐような声(パントグラント)を出す、抱き合う、顎に触れる、口を開けてキスをする、などです。


Q.ディスプレイは暴れれば暴れるほどよいのか
A.効果的にやること、つまり壁を叩いて音を出すにしても、大きな音を出したり、リズミカルに叩くことが重要のようです。


Q.オスのチンパンジーは妊娠しているメスに交尾を迫ったりするか
A.発情していないメスにはオスは性的な興味を抱きません。また妊娠しているメスは単独でいることが多いようです。


Q.チンパンジーの交尾はどういうふうか
A.オスがメスに馬乗りになり、何回か腰を振って射精します。ニホンザルのように何回も馬乗りになったりはしません。


Q.メスどうしの殺し合いはあるか
A.ありません。


Q.チンパンジーのメス同士に対立はないか
A.ないことはありませんが、オス同士に比べたらはるかに緩やかです。そもそもチンパンジーのメス同士は順位がはっきりしないことが多いのです。


Q.メスのチンパンジーは毛づくろいしないのか
A.します。ビデオで出てきた若いメスのチンパンジーがなかなか毛づくろいしてもらえなかったのは彼女が孤児だったからです。


Q.単独で動くチンパンジーはいるか
A.います。といっても、そのチンパンジーもいつも単独でいるわけではなく、条件が変われば他のチンパンジーといっしょに動くでしょう。


Q.ントロギの母親はントロギが失脚したときどうしていたか
A.ントロギの最初の失脚前に死んでしまっていたそうです。


Q.第一位のオスの母親が一目置かれているのはチンパンジーだけか
A.母系社会ではもちろん第一位オスの母親は同じ群れにはいません。チンパンジーと似たような父系の複雄複雌型の集団を作るボノボ(ピグミーチンパンジー)では、母親の影響がもっと強く、息子の順位は母親がどれだけ強いかで決まるという、いわばマザコン社会です。つまり、チンパンジーでは息子のおかげで母親が一目置かれているのに対し、ボノボでは母親のおかげで息子が一目置かれるというわけです。ボノボも父系の集団なのでメスは全部よそから入ってきた個体なのですが、チンパンジーのようにオスはすべてのメスに対して優位であるのとは大違いです。


Q.第一位オスの母親が一目置かれているということは、順位は世襲性なのか
A.まったく違います。母親が一目置かれているのは息子が第一位であるからであって、母親が一目置かれているから息子が第一位なのではないからです。ボノボでは逆になっていますが、それでもメスは娘の集団に出ていってしまうので、父系性の社会では母親の高い順位を息子より先の世代が引き継ぐということはありえません。


Q.チンパンジーはどうして血縁個体がないのか、幼いチンパンジーを誰が育てるのか
A.もし私が授業中にそう言ったとしたら訂正します。血縁個体がないのではなく、順位を決めるのに血縁より連合の方が大事だということです。成長すると集団を出ていってしまう娘は別として、息子は成長しても母親と同じ群れにいるわけですが、チンパンジーのメスはすべてのオスに対して劣位なので、息子を助けてやることはできないのです。


Q.集団の縄張りの境界は徐々に変わるのか、隣の集団を消滅させたときに変わるのか
A.両方です。


Q.一位のチンパンジーは他のチンパンジーを外敵から守ったりするか
A.しません。


Q.Mグループのチンパンジーが1996年に連鎖的に何頭もいなくなったのはなぜか
A.まったく分かっていないそうです。


Q.チンパンジーの集団の大きさは最大どのくらいか、大きいほど組織的か
A.ビデオに出てきたマハレ山塊国立公園のMグループは、もっとも大きいとき100頭を超えていました。大きいほどオス同士の連合関係は複雑になります。


Q.大きな群れのチンパンジーでも、互いがどの群れのチンパンジーか識別できるのか
A.あれだけ高い社会的知能を持っているのだから、これは愚問です。


Q.チンパンジーは後姿でも他のチンパンジーを区別できるのか
A.皆さんが後姿の知り合いを区別できるのと同じことです。


Q.チンパンジーは声で相手を認識しあっているのか
A.遠くからチンパンジーの声が聞こえたときに、あれが誰の声かはたぶんかれらはわかっているでしょう。


Q.毛づくろいしないと病気になるのか
A.これはニホンザルの研究ですが、ニホンザルが毛づくろいによって一日にとるシラミの卵の量は、そのサルの体の上にいるシラミが一日に産む卵の量と同じくらいだそうです。つまり、毛づくろいをしないとニホンザルの体はあっという間にシラミだらけになってしまいます。シラミが増えると痒くなり、体をかきむしります。そうすると皮膚から病原菌に感染しやすくなるでしょう。また、ダニのようにいくつもの動物に飛び移って血を吸う動物では、他の動物の持っていた病気を媒介する可能性があります。


Q.チンパンジーは何年くらい生きるのか
A.おそらくもっとも長くて60年くらいでしょうが、もっとも古い調査地でも調査開始が1960年ですから、まだ野生のチンパンジーの寿命についてはっきりとは言えません。


Q.ビデオで言っていた「35歳」とかいう年齢は、実際の年齢か
A.そうです。「人間でいえば××才」というのも、動物を無理にヒトに当てはめる、よくない言い方だと思います。


Q.チンパンジーは年をとるとはげるのか
A.そういう個体もいますが、全部が全部そうだということではありません。


Q.年をとると目が悪くなるのか
A.これも全部ではありませんが、そういう個体もいます。


Q.サルの群れとチンパンジーの群れが一緒に生活することはないのか
A.ありません。なぜならチンパンジーは他のサルを狩猟して食べてしまうからです。


Q.チンパンジーは果実資源の変動に対して柔軟だというがまったく果実がなくなったらどうするのか
A.チンパンジーは果実の少ない時期に葉や草の髄を食べたりしますが、そもそも、まったく果実がなくなってしまうことがあるところにはチンパンジーは住めないようです。


Q.チンパンジーはヒトを襲うか/チンパンジーは観察者のことをどう認識しているのか
A.タンザニアのゴンベ国立公園で1960年から調査してきたジェーン・グドールは、「メスなのに挨拶しない」ということでオスのチンパンジーから攻撃を受けたりしたそうです。そのほか、観察者の性別によって態度を変えたり、チンパンジーも観察者をひとりひとり認識していることは確かです。しかしやはり、チンパンジーにとって観察者は別の生き物で、自分たちの仲間だとはふつうは考えていないでしょう。なお、現地の人の子供がチンパンジーに襲われた(食べられた?)という事件はあったそうです。


Q.野生のチンパンジーは人を見て逃げないのか
A.ふつうは逃げます。Mグループのチンパンジーはいちばん最初に調査したときに餌を使って人に馴らしたので今は人を見ても逃げなくなりました。チンパンジーを馴らすのには時間がかかり、5年間かけてもうまく行かなかったこともあるそうです。


Q.チンパンジーはしょっちゅう木に登っていたかが、握力はどのくらいあるのか
A.400kgくらいだそうです。ゴリラは700kgあるそうです。


Q.チンパンジーはほかのチンパンジーの死を認識するか
A.分かりません。


Q.チンパンジーの名前は誰がつけるのか
A.研究者や現地のアシスタントたちです。


Q.チンパンジーはヒトに飼われているが、あれはよいのか?
A.野生個体を捕まえてきて飼うことは違法ですが、現在飼われているチンパンジーは(少なくとも日本の場合は)野生のチンパンジーを捕まえて取引することが違法でなかった時代に捕まえられた個体の子孫ですから、違法行為ではありません。あれだけ高い知能を持っているチンパンジーをヒトが飼うのは倫理的な意味で私は賛成できませんが、実験動物としてのチンパンジーの価値を考えると、チンパンジーの飼育全面禁止というのも非現実的です。


Q.チンパンジーの社会は何万年も前からああいうふうだったのか
A.毛づくろいのやり方のような文化的行動にははやりすたりがあるでしょうが、彼らの社会構造や高い社会的知能は、一朝一夕で出来上がったものではないでしょう。


Q.なぜ日本に野生のチンパンジーはいないのか
A.こういうばかばかしい質問はしないでください。それともなにか別の意図があるなら分かるように書いてください。生物にはその生物に適した環境というのがあって、ふつうはその環境を出て別のところに進出することはできません。チンパンジーの祖先がはるか離れた日本にまでやってくるには障壁が多すぎます。


Q.ニホンザルには文化はないのか
A.有名なところでは幸島のサルのイモ洗い行動です。1950年代に群れの中のある1頭のメスがはじめ、次々に別のサルも似たことをするようになり、その行動は今でも受け継がれています。ただしこれは人が餌を与えたから起こったことで、文化ではないという主張もあります。ほかに、別の地域のサルは同じ植物でも食べたり食べなかったりします。こういう食物レパートリーの違いは間違いなく文化と呼べるでしょう。ただしチンパンジーのように道具使用や社会行動にはほとんど文化と呼べるものは存在しません。


Q.前回の質問の回答で「ヒトには発情期がない」とかいてあったが、高校の授業で「ヒトはいつも発情している」と習った。
A.「常に発情している」ということと、「発情に季節性がない」というのは単に言葉の言い換えに過ぎないでしょう。


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<文責: 半谷吾郎 (hanya<atmark>pri.kyoto-u.ac.jp)>
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<最終改変日: 2004年11月24日>