第26回(2002年7月11日)の授業への質問に対する回答
皆さんの質問に「もし**だったら今はどうなっていたか」という質問がいくつかありました。歴史に「もし」はありませんので、これらの質問にはお答えしていません。
最古の人類化石が発見されたという7月11日の新聞報道は授業でも紹介しましたが、もう一度その意義をまとめておくと第一に600-700万年前というこれまでで知られている限り最も古い人類化石であること。遺伝子の証拠からは人類の誕生は500-600万年前とされていましたが、それをさらにさかのぼる可能性があるということです。第二に発見された場所が大地溝帯の西側のチャドという国であったこと。これまでは人類は大地溝帯の東側の乾燥地帯で進化し、それ以外の類人猿は西側の熱帯林で進化したという「イーストサイドストーリー」が一般に受け入れられてきました。現在のチャドは非常に乾燥した場所ですが、600-700万年前にはどのような環境であったかはまだわかりません。今後大地溝帯の西側で発掘が進めば、「イーストサイドストーリー」仮説が崩壊する、可能性が十分あります。発見された化石は化石素人の私が見ても明らかに人類らしい特徴を備えているようですが、出土したのはおもに頭の骨で、直立二足歩行をしていたかどうか、どの範囲に分布していたのか、などのことはまだ分かりません。本当にこの化石がヒトの系統につながるものであるかどうか、今後の発掘が期待されます。
Q.身体能力でインカ人がスペイン人に劣っていたということは絶対にないか
A.私はないとは言っていません。そのような要因の影響はあったとしても無視できるほど、文明の発達の程度や病原菌に対する抵抗力に圧倒的に差があったということが、私の主張です。
Q.最終的にヨーロッパの人が文明を最も発達させたのは環境だけで本当に説明できるのか、脳に差がないと言えるのか
A.現在までのところ、異なる大陸の人々の知能に差があることを示すことができた研究は存在しません。逆に、それに矛盾する証拠はいくらでもあります。アメリカ大陸の原住民は中国人などアジアの人と近縁です。生物学的特徴も似ています。文明の発達を決める最も重要な要素が脳の発達程度という生物学的特徴だとしたら、アジアの人々と、その仲間であるアメリカ大陸原住民は似たような文明の発達速度を示すでしょう。少なくとも、遺伝的に離れたヨーロッパや西南アジアの人々よりは、中国の文明はアメリカの文明と似ているはずです。ところが実際には、同じ大陸に居住し似たような地理的条件を享受していた中国、西南アジア、ヨーロッパの人々は(生物学的特徴は違うにもかかわらず)どれも早い時期に文明を発達させ、中国人に遺伝的に近縁であるが別の大陸に住んだアメリカ原住民は文明の発達が大きく遅れました。ユーラシアの中でもヨーロッパが一番優れていたんだという主張も無力です。15世紀まではヨーロッパよりよほど中国の方が進んでいたからです。15世紀以降、ヨーロッパ人には急に脳が発達する進化が起き、中国人には知能が衰えるという進化が起きたとでもいうのでしょうか?これは知能が民族集団間で(文明の発達の違いをもたらすほど)大きく異なると考えることは全くばかげた妄想であるという何よりの証拠です。それに対してそれぞれの大陸の地理的条件、野生動植物の分布が文明の発達に差をもたらしたという証拠は、授業で挙げた通りいくらでもあります。
批判に反論することで主張は補強されるものですから、このような批判を寄せてくれたことには感謝します。しかし、この質問をした人が本気になって脳の発達程度や知能の差が重要であると考えているとしたら、それは幸運にも文明生活を享受している文明人の傲慢以外の何物でもないと思います。あなた方が文明生活を享受しているのは、無数の環境条件の積み重ねと、ごくごく少数の天才の発明によるものであり、あなた方一人一人の知能が、より原始的な暮らしを現代にいたるまで続けている人々より優れているからでは決してありません。
Q.アメリカ大陸原住民の文明はヨーロッパ人の影響なしに独自にヨーロッパ文明に似たものを身につけたのか
A.他の大陸の影響がなかったことは確かですが、ヨーロッパと同じ文明であったとは思いません。ヨーロッパ人が現れなければ決して彼らは大型動物を本格的に家畜に使うことはなく、全てを人力に頼らなければいけなかったため、土木工事にしろ(ユーラシアであればウマを使った)情報伝達にしろ、永遠にヨーロッパのようにはならなかったでしょう。
Q.ヨーロッパ人が移住してくる前のアメリカには原住民の黒人しかいなかったのか、白人が出現したのは移住後か
A.アメリカ大陸の原住民は「黒人」ではありません。13000年前にシベリアから移り住んだアジア系の人々です。今アメリカにいる黒人は17世紀以降に奴隷貿易によって西アフリカから連れてこられた人の子孫です。コロンブス以前にアメリカ大陸に到達したヨーロッパ人は北欧のバイキングがいます。彼らはグリーンランド経由で西暦1000年ごろにニューファンドランド島に移り住みました。もっともこの場所は農耕をするには寒すぎ、13世紀に地球が寒冷化して北大西洋の航海が難しくなると跡形もなく消滅してしまいました。
Q.現在のアメリカ大陸の文明は完全にヨーロッパ人の文化に依存しているか/文化と文化が混ざり合って高い文明が現れると思った/いつ頃からアメリカ人はあんなに文明が発達したか
A.現在のアメリカ大陸の文明は、コロンブス以前のアメリカ原住民の文明は破壊し尽くし、栽培植物以外は何も受け継いではいません。栽培植物にしてもトウモロコシなどアメリカ原産のものはなくてもヨーロッパから持ちこんだコムギなどで十分賄えたでしょう。だから今のアメリカ合衆国が繁栄しているのは、原住民とヨーロッパの文化が混合したからではなく、ヨーロッパの文化を北アメリカという新しい場所に持ち込んだからです。アメリカ合衆国は、20世紀のはじめ頃までは、ヨーロッパ人にとってはいわば山だしの田舎者国家でした。それがヨーロッパをしのぐようになるのは、国土が広大で(栽培植物・技術をヨーロッパから持ちこみさえすれば)高い食料生産・工業生産力を持っていたこと、移民が世界からやってきて労働力が安かったこと、ヨーロッパは世界大戦で国土が荒廃したのに対し、アメリカは被害が少なかったこと、伝統から自由であったため徹底した合理主義が科学技術や産業を発展させたこと、などが思いつきます。
Q.なぜ野生植物もなくウマなど家畜化できる生物がいないアメリカをヨーロッパ人は征服しようとしたのか/アメリカには栽培の容易な野生植物はないとあるが、ならばどうやって野生植物は生育するのか/アメリカ大陸の人々は狩猟採集して暮らしていたのか/インカ帝国の人は植物の栽培なしにどうやって文明を築けたのか
A.征服の理由は第一にアメリカ大陸は金を産出したこと。第二にアメリカ大陸にヨーロッパの栽培植物・家畜を持ち込めば、十分に生産性の高い農耕を行うことが見込めたからです。「野生植物」はアメリカにも当然あります。「栽培の容易な」野生植物がなかっただけです。誤解なきよう。また、アメリカ大陸でも独自に農耕は行われています。栽培が「困難」であったため、ユーラシアにはだいぶ遅れを取りましたが、それでもヨーロッパ人がやってきたときにはトウモロコシの生産性の高い農耕が行われていました。トウモロコシは移住してきたヨーロッパ人にとっても重要な作物となりました。
Q.昔栄えていたエジプトや中国はなぜ今栄えていないのか/ユーラシアで、ヨーロッパ以外の地域でも同じように文明を発達させたのか
A.私は「ユーラシア大陸が」が「アメリカ大陸」より有利であった理由については話しましたが、なぜ「ユーラシア大陸の中で、中国やオリエントではなく、ヨーロッパが世界を征服したのか」については話しませんでした。15世紀くらいまでは、ヨーロッパよりも中国やオリエントの方がずっと進んだ文明を持っていました。そのまま行けば、ヨーロッパではなく、中国かイスラム国家が世界を征服したかもしれません。ジャレド・ダイアモンド「銃・病原菌・鉄」(草思社)では、肥沃三日月地帯が昔日の繁栄を失ったのは国土の荒廃のため食料生産能力が低下したため、中国の場合は広大な範囲が政治的に統一されてしい、一握りの為政者の命令によって科学技術の進歩が止まってしまったからだとしています。ヨーロッパは開墾を繰り返しても国土は荒れることはなく、地理的に政治的統一が困難な場所だったため、それぞれの国家が切磋琢磨しよりよい技術を競争して身につけたため、最終的に中国やオリエントを追い抜いたのだというわけです。
Q.インカはスペイン人との戦いで何か対策は取らなかったか
A.最初の戦闘では、絶対権力者である皇帝を最初に捕虜に取られてしまったことで、大混乱が生じたのでしょう。皇帝アタワルパにしても他のインカ人にしても、この見慣れない顔の白い人々の事を露ほども疑わず、「友好的に話し合いましょう」というピサロの見え透いたうそをそのまま信じていたのですから、対策など全く頭になかったでしょう。文字を持たず(つまり歴史書も「孫子」のような処世訓も読んだことがなく)他地域との交流も少なかったインカの人々はヒトというものがどういうふうに振舞うものであるかということについての経験が少なく、ピサロの見え透いたうそを疑うことを知らなかったのでしょう。
Q.アメリカ大陸の原住民がつかっていた武器は何か
A.石の棍棒、青銅器の剣、刺し子のよろいです。
Q.栽培の容易な野生植物の有無の本質的な原因は気候か
A.そうだと思いますが、栽培化ができるために必要な条件は非常にたくさんあり、それらの要因の一つ一つを満たすような気象条件が何で、実際に地球上のどこがそれら全てを満たすかという問いに答えることは簡単ではありません。
Q.ユーラシアは全域に農耕が発達していたのか
A.シベリアや中央アジアの草原地帯のように、農耕をしなかった場所もあります。
Q.大河の流域にはたいてい農耕が始まっているのに、北米のミシシッピ川流域ではなぜ起こらなかったか
A.起こっています。ミシシッピ川流域は北米でもっとも発達した農耕民の社会のあったところです。
Q.アメリカよりヨーロッパの航海技術が優れていたのはなぜか
A.ヨーロッパの造船技術はイスラム国家に学んだもので、そのイスラム商人は船で広い範囲と交易をしていました。広い範囲と交易をする必要性が技術の発達を促したと言えます。アメリカ大陸の帝国はそのような広範囲の人々との交易をしていませんでした。
Q.アメリカ大陸原住民の政治機構はどんなものだったか
A.国によって違いはあったでしょうが、インカ帝国の場合は、皇帝がほとんど全ての権限を掌握していました。皇帝アタワルパがピサロに捕獲された後、インカ軍が大混乱に陥ったのは、一つはこのためです。
Q.当時のヨーロッパ人とアメリカ大陸原住民の生活水準はどの程度違ったか
A.こういう質問は答えるのはほとんど不可能です。当時はGDPだとか外貨準備高とかムーディーズによる評価とか、共通に計れる物差しはまったくないからです。ご自分で本を読んで想像してください。
Q.どこからどこまでを家畜というのか
A.家畜とは、ヒトが自分の役に立つように、飼育しながら餌や繁殖をコントロールし、選別的に繁殖させて、野生種から作り出した動物のことです。サーカスでライオンを飼うのは家畜化ではありません。
Q.もっとも大きな家畜ともっとも小さな家畜は何か
A.上の定義ではゾウなどは外れますから、最大はウシかスイギュウかラクダということになります。小さい方は広く取れば酵母のような微生物まで入ってしまいます。家畜化された小動物は無数にいるので、全部は挙げきれません。
Q.アメリカ大陸に家畜がいなかったのはなぜか
A.13000年前に最初に人類がアメリカ大陸に渡ってきた直後に、アメリカ大陸にいた大型動物の大部分を狩猟により絶滅させてしまったため、家畜化可能な大型動物がいなくなってしまったからです。
Q.ラマは何のために飼ったか
A.肉、毛を刈るため、荷物の運搬のためです。
Q.テレビなどでインディアンがウマに乗っているのはなぜか
A.原住民のうちのいくつかの部族は、ヨーロッパ系移民のところから逃げ出したウマを捕まえて自分たちで飼うことを覚えたり、銃を手に入れたりしました。彼らは軍事的にもやがてヨーロッパ系移民と肩を並べるようになりました。アメリカ合衆国の「西部開拓」に最後まで抵抗したのは、こういった「運のよかった」原住民たちです。
Q.南北アメリカ大陸で別々の農耕技術が伝わらなかったのか
A.これは「南北アメリカ大陸で別々の農耕技術が発達したのか」という質問でしょうか。そうでなければ、一体どこの大陸から伝わるというのでしょう。
Q.日本の南北の文化交流はアメリカに比べてどうか
A.授業で話したのは大陸レベルで見た非常に巨視的な問題です。日本という小さな島とアメリカという一つの大陸を並べて同列に論じることはできません。
Q.ユーラシアが農耕が伝わりやすい地形であるならば、病原菌も伝わりやすい地形であるはずだ。だとしたら病原菌にやられるのも早いのではないか
A.確かにその通りですが、その結果を誤解しています。「病気が伝わりやすい」ユーラシアの人々は、過去に何回も病気の大流行を経験していたので、病原菌に対して強い免疫を持つようになりました。病気の伝わりにくかったアメリカ大陸の人は病気の流行を経験することはなく、免疫を持っていませんでした。その結果、ユーラシアの病気がアメリカに持ち込まれたとき、持ちこんだヨーロッパ人は何ともないのに、アメリカ人だけばたばた死ぬということが起こったわけです。
Q.ヨーロッパ人は意図的に病気を持ちこんだのか
A.ヨーロッパ人が北米の奥に探検に乗りこむよりも前に北米の多くの文明は滅びてしまいましたから、最初は非意図的なものであり、実際の人口減にとって重要だったのはこの非意図的な持込だったと思います。しかし、北米で原住民とヨーロッパ系移民との対立が激化すると、天然痘患者の毛布を原住民に送りつけるようなこともしたようです。
Q.北米大陸の原住民は5%しか残らずに生活は成り立ったのか
A.死亡率には差があり、記録にも残らず全滅してしまった部族も数知れずあったでしょう。
Q.95%の死亡者が出るまで免疫はできなかったのか/なぜ5%は生き残ったのか
A.全滅した部族があった一方で、早くに免疫能力を獲得してそれなりに残った部族もあったはずです。その違いがなぜ生じたかはにわかには分かりません。
Q.アメリカ大陸原住民の95%が死んだのだから同時に移住したヨーロッパ人もたくさん死んだはずだ
A.まったくといっていいほど死んでいません。それほど免疫能力に差があったわけです。
Q.病原菌は家畜以外のところにも原因はあったか
A.病気の流行は人口の密集したところで頻繁に起こります。アメリカよりもユーラシアで早くに人口の密集した都市ができあがったので、その点においてもユーラシアの人の方がアメリカの人よりも病原菌に早くからさらされており、免疫を発達させていたといえます。
Q.病原菌はヨーロッパ人が作ったものか
A.ヨーロッパだけでなく、互いに交流のあった中国やイスラム世界など、ユーラシア全体です。
Q.病原菌が宿主を殺すことは論理的におかしいというのがよくわからない
A.宿主をさっさと殺してしまったら、その病原菌も子孫を残さずにいっしょに死んでしまうわけなので、病原菌にとっても利益がない、ということです。
Q.病原菌にかかるとどうやって治したのか、いつ治療法が見つかったのか/人間は何種類の病原菌に対処できるだけの免疫があるのか/致死性の病気にかかったら免疫もなにもないのではないか/感染した人を隔離したりして感染を防いだりしなかったか
A.病原菌が体内に侵入したときに、それを異物として認識し、特定の異物に特異的に反応してそれをやっつけるタンパク質(抗体、あるいは免疫グロブリン)ができます。はじめて出会う強力な病原菌に対しては、その病原菌に対する抗体を作っている暇がないので、死亡率が高くなります。一度その病原菌に対する抗体を作った人は、その病原菌が体内からいなくなってもその抗体を長いこと保持しているので、次に病原菌が侵入してきたときにすばやく反応して病原菌をやっつけます。作ることのできる抗体の数は理論的には無限です。ワクチンは弱った無毒の病原菌です。それを接種して、体に抗体を作らせるわけです。天然痘、コレラ、チフス、麻疹や結核など、流行性の病気の正体が微生物(病原菌)であるということが明らかにされたのは、19世紀になってからのことです。種痘(これはウシで作った天然痘のワクチンです)のように、病原菌の発見前に経験的にワクチンが作られた例もありますが、これは極めてまれな例で、実際に多くの病気について病原菌を直接やっつけるワクチンのような根治療法が発見されたのは20世紀になってからのことです。それまでの治療法は、赤痢であれば下痢をしつづける患者が脱水で死なないように水を飲ませる程度の対症療法で、基本的には患者個人の免疫システム(体力)が強いかどうかで生き死にが決まりました。病気が伝染性であるという知識は、何度か流行を経験した人々はおそらく持っていたでしょうが、突然流行が起こったアメリカ大陸の人は、そういうことを知る前に大多数が死んでしまったのでしょう。
Q.病原菌はヒトに感染してもヒトを死なせないように進化したのか
A.たいへん鋭い質問です。そういう進化は確かに起きました。例えば梅毒は現在では性器に炎症が起こり、放置すればゆっくりと病状が進行して数年で死に至る、という病気です。ところが梅毒がヨーロッパで最初に記録された1459年の症例はもっと激甚で、患者は頭からひざまで膿疱に覆われ、顔から肉が削げ落ち、たった数ヶ月で死亡しています。ところが百年後の1546年になると、今日のような症状に変化しています。梅毒を起こす菌は、宿主である人間がより長生きし、菌を周囲に振り撒きつづけ、自分の子孫が伝播できるように変化したのです。
Q.人間にとって致死性の病原菌を持った家畜は死なないのか
A.ヒトが風邪を引いたくらいでは滅多に死なないように、ふつうの状態の個体ならば死なないでしょう。
Q.家畜だけでなく虫からも感染するようなことはないか
A.マラリアはカ(ハマダラカ)に吸血されることで感染します。しかしマラリア原虫にとってカは「中間宿主」であって、最終的な宿主であるヒトに乗り移るための中間的な存在に過ぎません。マラリア原虫は最終宿主であるヒトの体内では繁殖できますが、カの中では繁殖はできません。ですから虫からの感染と、もともと家畜が宿主(最終宿主)だった病原菌がヒトを宿主にするようになるということと同列には扱えません。
Q.病原菌から(動物を介さず)直接感染することはないか
A.そういう菌もあります。破傷風菌などはぬかるんだ場所で草で足を切ったりすると感染します。
Q.病原菌に一番やられやすいのは老人と子供か
A.そうでしょう。
Q.天然痘はどうやって広まったか
A.接触感染です。
Q.天然痘が日本で流行したのはいつか
A.江戸時代にも明治時代にも繰り返し数千人が死亡する大流行が起こりました。最後の大流行は3000人が死亡した1946年のものです。1956年を最後に日本では患者は出ていません。
Q.病原菌は宿主と共存して増殖するものだとすると狂牛病は決してウシを殺さないか
A.「病原菌は宿主を殺さない」と言うのは、宿主と病原菌の間に進化的に長い共存関係がある場合だけです。ウシにウシの脳を食べさせるようなことはごくごく最近始まったことですから、それにウシもBSEの病原菌も対応できず、ウシを殺してしまって両者共倒れになることもあるでしょう。
Q.マラリアやHIVも家畜に由来する病原菌か/O157やピロリ菌も家畜由来か
A.マラリアは家畜由来ではない、もとからヒトに感染する病気と考えられます。熱帯の人はたいていマラリアに対する抵抗性を持っており、必ずしも致死性ではありません(抵抗性のない日本人や欧米人にとっては致死性です)。エイズウイルス(HIV)は、野生のチンパンジー由来だといわれています。それがなぜヒトに感染したかはわかりません。O157やピロリ菌は伝染性の病原菌ではないので今日の話と直接関係ありません。
Q.クローン技術で新しい動物ができると病原菌も増えるか
A.増えません。クローン技術は遺伝的に同じ個体を作る技術で、新しい種を作る技術ではありません。
Q.アフリカに行くと帰国したとき病原菌の検査があるというのは本当か
A.ありません。特定の伝染病がうようよしているようなところに行って、感染の危険の高い場合は別です。
Q.アメリカ大陸にもたらされた病原菌で動物も死んだか
A.今ちょっと具体例が思い浮かびませんが、人間が持ちこんだ動物のもっていた病原菌が、その地域の野生動物に壊滅的な打撃を与えることはあります。
Q.オーストラリアで農耕が始まったのはいつか
A.オーストラリアでは、ヨーロッパ人が到達するまで結局独自に農耕が始まることはありませんでした。
Q.日本が他の民族にもたらされた病原菌で滅亡の危機に立たされたことはあるか
A.日本もユーラシアの一員ですから、病原菌との接触は繰り返し起こったことで、その場その場では多くの人が亡くなったでしょうが、アメリカ大陸のように突然接触して壊滅的な打撃を受けたことは私の知る限りなかったようです。
Q.日本がアメリカ大陸の存在を知ったのはいつか
A.ポルトガル人などが来航した16世紀中頃ではないかと思います。日本史の先生に聞いてください。
<文責: 半谷吾郎 (hanya<atmark>pri.kyoto-u.ac.jp)>
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<最終改変日: 2004年11月24日>