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温帯の霊長類の生態学的適応

 屋久島のニホンザル研究を通じて明らかになったことを広く霊長類全体の中で考えてみると、ニホンザルが温帯という霊長類にとって辺縁の生息地に暮らす種であることがわかります。本来熱帯で暮らす霊長類が、温帯へ進出して行った過程でどのような生態学的な適応が必要だったかを明らかにするには、熱帯と温帯の比較、温帯の中での比較が必要です。


1. 霊長類の生息環境としての温帯の特徴

 これまで、霊長類の生息環境として、温帯の森林が群集レベルでどのような特徴を持っているかを詳細に記述した研究はなく、熱帯と温帯の比較は印象に基づくレベルでしか行われていませんでした。温帯と熱帯の違いを明らかにするためには、温帯についても、熱帯と比較可能な生息環境についての長期にわたるデータが必要です。

 果実落下は、多くの森林生態学の調査で調べられており、調査地間の比較が容易です。温帯林の果実生産の特徴を明らかにする目的で、屋久島の暖温帯から冷温帯のさまざまな標高の5箇所の森林の2年から4年のデータを用いて、果実落下量とその構成を明らかにしました。果実落下量は標高によって変化し、その半分以上はドングリや針葉樹の球果など、液果以外の1、2種で占められていました。この結果はForestry Studies in China」誌に発表しました。

 同じデータを用いて、結実フェノロジーについて分析しました。5つの森林いずれも、あきらかな年周期性が見られ、その影響は気象要因よりも強いものでした。群集レベルでの年周期性は、個々の種が個体群レベルで年周期性を持っていることと、結実のピークが秋に集中していることに由来しています。液果では、液果以外のドングリや風散布型の針葉樹の果実に比べ、秋以外にも結実のピークを持つ種がある一方で、ひとつの種の結実の持続期間は短くなっていました。これは、動物散布型の液果では、結実をずらすことで散布者をめぐる競合を避けることができるためではないかと考えられます。屋久島の5箇所の森林は、温帯のかなりの気候帯をカバーしており、この研究で明らかになった群集全体の特徴は、温帯の結実フェノロジーの一般的傾向を明らかにする上で、大きな意味を持っています。この結果はForestry Studies in China」誌に発表しました。


 温帯と熱帯の、霊長類をはじめとする果実食動物の生息地としての価値を比較するため、果実落下量を熱帯から北緯60度までの、ユーラシア・アフリカ・南北アメリカ大陸・オーストラリアで比較しました。熱帯の果実落下量は温帯の1.7倍で、これはたとえば果実食者の種数の差に比べると、非常に小さなものです。また、果実落下量と果実食者の種数の関係を調べると、霊長類では相関があったものの、鳥ではまったく関係がありませんでした。この結果はEcological Research」誌に発表しました。


 さらに、霊長類の生息地としての熱帯と温帯の違いを総括した総説をPrimates」誌に発表しました。先行研究から、温帯の方がバイオマス・種構成の両面で果実生産が小さく、その季節性が大きく、特定の季節(秋)に結実のピークがみられること、こと、また独自に行ったメタ解析から、温帯の方が結実の年周期性が大きいこと、展葉の季節性が大きいこと、展葉のピークは春から初夏に限定されていることを明らかにしました。これらの特徴から、温帯の霊長類では、果実や新葉の少ない時期に低質の食物に頼ることを余儀なくされること、その代わりに季節変化の予測可能性が高いことから、脂肪蓄積が有効な戦略であることを指摘しました。


2. バーバリマカクとニホンザルの比較研究

 バーバリマカクは北アフリカのモロッコとアルジェリアに生息するサルです。マカク属の中では、アジアに住むほかの種とは進化的にかなり早い段階で分岐したといわれています。ニホンザルで明らかになった、温帯の霊長類の適応に関する傾向の一般性を確かめるため、フランス・モロッコの研究者と共同で、バーバリマカクの生息地・食性・食物となる葉の化学成分を、ニホンザルと比較しました。その結果、どちらの種でも、高質の食物である種子への選好性が見られる一方で、葉に長期にわたって依存していることがわかりました。また、北アフリカの森林は樹木の多様性が日本よりきわめて低く、それに対応して、バーバリマカクはニホンザルより縮合タンニンを多く含む葉を食べていることがわかりました。この結果はPrimates誌に発表しました。


 モロッコで調査を行った日本人の霊長類学者は、これまでおそらくわたし一人でしょう。わたしも、実際には、2005年と2006年に2回、それぞれ3週間と1週間、モロッコ人研究者についていって葉っぱを集めただけでした。

 バーバリマカクのすむアトラス山脈の森林は、一見して針葉樹だけ、もしくはカシだけの非常に単純な森林で、このような場所でニホンザルの仲間がそもそも暮らしていけることが、非常に驚きでした。






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<文責: 半谷吾郎 (hanya<atmark>pri.kyoto-u.ac.jp)>
<問い合わせ先:半谷吾郎 (hanya<atmark>pri.kyoto-u.ac.jp)>
<最終改変日: 2012年12月26日>